Coda

 アディントン墓地は、川沿いの美しい場所にある。木々が生い茂り、リスが駆け登ったり駆け下りたりする。春先にはブルーベルが絨毯のように一面に咲き誇る森がすぐ裏手にあり、散歩をするには絶好の場所だ。

 小さなスズランの花束を片手に、ふらっと歩いてきたダン・ハリスンは、足を止めた。

 思いもかけぬ先客がいたのだ。

「おや、いらしてたんですか」

 声をかけると、禿頭の紳士は驚いたように顔を上げた。

「いや、近くを通りかかったもんで、ちょっと墓の様子をみようかと思って」

 墓石の周囲は綺麗に清められ、遅咲きのブルーベルが数輪供えてあった。

「古い花を片付けてくださったんですね」

「いやいや、来たらもう、綺麗だったんですよ。いつ来ても花が供えてあるのに、枯れているのを見たことがない」

 紳士はくすっと笑った。

「昔はあれだけ汚い家に住んでいたのに、墓は一度も散らかっているのを見たことがありませんわ」

「亡くなる前はずいぶん几帳面に綺麗にしていましたからね」

 ダンは笑う。

「私なんかは、そっちの印象の方が強いです。子供の頃からかっちりした様子ばかり見てきてるんでね。本当、あの人の周囲が散らかっているのを見たのなんて、あの時だけです」

「そうですか」

 紳士はそう言うと、しんみりとした口調で故人を思い返した。

「いやあ、人使いの荒い人だったなあ。何度生垣の刈り込みをさせられたか」

「口も悪くてね。ものすごく愛情深いくせに、口を開くと辛辣なんだ、これがまた」

 ははは。

「私なんか、配管工になったら、天職だって褒めてくれたんですけど、理由がなんだと思います?」

「な、なんなんですか?」

 ダンは、笑いを押し殺した顔で有名な民謡を口ずさむ。

「ダニーボーイ。パイプがパイプが呼んでいる……」(*1)

「……ひっでえ……」

 禿頭の紳士の言葉が崩れた。出征する兵士を心づかう叙情的なアイルランド民謡が、これでは配管工事の歌にしか聞こえない。

「あの婆さんらしいや」

「でもねえ、気づいたんですよ。私はこう、なんていうんですか——上手い言葉とか探すのが苦手でね。でも、パイプが呼んでる配管工なんて誰も名前を忘れないでしょう。考えてみれば、一生懸命お得意さんに覚えてもらえるような紹介文句をずっと考えてくれていたんじゃないかなあってね」

「それはありそうだ」

 二人はしばらく、小さな墓石を見下ろした。


 レナード・グレイ (1923-1941)

 ミルドレッド・グレイ(1920-2015)


 18歳の夫と95歳の妻。



 ダン・ハリスンは、屈み込み、スズランを供える。立ち上がったのち、しばらく俯いて手を組み、祈った後、男に声をかけた。

「どうですか、ビングリーさん。久しぶりだし、この後、パブ<タップ>で一杯っていうのは? 新しい地ビールが先週入ったって話なんですよ」

「おや、悪くないですね。ご一緒しましょう」


 二人の男は、ポケットに手を突っ込んで歩き始める。

 ヨークシャーの初夏の、金色の日差しに照らされて、二人の影が長く墓地の白い砂利道にのびていた。




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(*1)ダニーボーイ

 アイルランド民謡。バグパイプに呼ばれ戦争に行く息子に別れを告げる親の歌として解釈されることが多い。

 青年ダニー(ダンの愛称)を呼んでいるのはあくまでもバグパイプであって、配管工事のパイプではない。

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