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第22話 矢印本線(前前編)

『ここから、上矢印鉄道の矢印本線に乗り換えます。矢印本線が来る81番ホームは、ここから階段を下りて突き当たりを右に行くとあります』


81番ホームなんて、僕のいた田舎ではありえないことだ。あそこはだいたい単線で、主要駅のいくつかで複線になっていた程度だ。レールを81本も敷ける駅があったら、それだけで終点まわりの市街地が半分埋まってしまう。


それに比べてこの駅は大きい。まるで東京駅のようだ。左右に分かれた道から、ホームへ続く道が続いている。そういえば改札はどこにあるのだろう。僕たちはこの世界に着いてから一度も改札を通っていないのだが、料金はどこで払っているのだろう。


「あの、これって、料金はどこで払っているのですか」

僕はいつものように彼女に尋ねる。彼女は数学の質問でなくても答えてくれるのだろうか。

『主要路線は全部無料です。一部有料区間がありますが、私たちはそこを使わずに行く予定です。といっても、ここより後は貨幣自体機能していないようなものですが』

「無料ですか・・・」

無料の電車か。どうやって維持費を確保しているのだろう。貨幣自体機能していないということは、ここから先は物々交換の世界なのだろうか。考えてみると、この世界に来てからあまりお金というものを見ていないような気がする。なぜ電車が無料なのか、なぜ貨幣が機能しないのか、など疑問はたくさんあるが、とにかく今は先へ進んで、どんな世界が広がっているか見てみよう。


『今からこれに乗って行きますよ』

「すごく長いのですね」

『はい。実はこのクヌース729号は、このあたりでは最も客車数の多い鉄道の1つで、65536両編成となっています』

「6万両って・・・端から端まで行くのが大変そうですね」

『いいえ。16両ごとにワープ装置があるので、それで車内を自由に移動することができます』

「ワープ装置が使えるなら、一気に終点まで行けばいいじゃないですか」

『残念ながら、ワープ装置はそこまで長距離の移動には対応していません。20万両くらいが限度だと思います』


〔ご乗車、ありがとうございます。次は、グーゴルスタック、グーゴルスタックです〕

『グーゴルは10^100、スタックは10のテトレーションという意味なので、グーゴルスタックは10↑↑(10^100)となります』

「つまり、10の指数が10^100段重なっているということですか」

『はい』

良いニュースと悪いニュースがある。良いニュースは、僕はこの数の大きさをなんとなくだが理解できたということだ。悪いニュースは、これがこの電車に乗ってから最初の駅だということだ。


〔まもなく、グーゴルスタック、グーゴルスタックです〕

もう着いたのか。意外と早いものだ。さっきまで7兆段だったのに、もう10^100段まで増えてしまったようだ。


〔次は、トリアタクシス、トリアタクシスです〕

『タクシスは、10のペンテーションという意味です。トリアは3という意味なので、トリアタクシスは10↑↑↑3つまり10↑↑10↑↑10となります。矢印表記は右から計算するので、10↑↑↑10=10↑↑(10↑↑10)となることに注意してください』

「もう少しゆっくりお願いします」

『はい。では紙に書きますね』

彼女は長く美しい指でノートを広げる。彼女の指は僕の指よりも長いかもしれない。彼女はペンを取り数式を書く。


10↑↑↑3=10↑↑10↑↑10=10↑↑(10↑↑10)


『つまり、10↑↑10段の指数タワーということです』

「指数タワーの段数そのものが、指数タワーで表されるのですね」

『はい。10段の指数タワーをまず考えて、その数だけ10が積み重なっているのです』

「なんだか、想像もつかない数になってきました」

『ここからもっと大きくなるのですが、大丈夫ですか』

「表記の意味はわかっているので、大丈夫だと思います」

『一応指数タワーでも書いておきますね。こうすると、構造が見やすくなります』


      10^10^......^10^10

      `--------v--------'

10↑↑↑3 = 10^10^......^10^10

      `--------v--------'

          10


「これだとわかりやすいです。10段のタワーの数が、その上のタワーの段数になっていることがよくわかります」

『はい。このイメージを大事にしてください。こうして重ねていくことがこの鉄道における1つのポイントです』


〔まもなく、テトラタクシス、テトラタクシスです〕

テトラタクシス?僕たちは話している間にトリアタクシスを通過してしまったようだ。

『テトラは4という意味なので、テトラタクシスは10↑↑↑4ということになります。さっきと同じような図で書くと、このように表されます』


      10^10^......^10^10

      `--------v--------'

      10^10^......^10^10

10↑↑↑4= `--------v--------'

      10^10^......^10^10

      `--------v--------'

          10


『ちょうど、さっきのトリアタクシスの分だけ、指数タワーが積み重なった形になっています』

「何が何だかよくわからなくなってきました」

『では、これなら理解できますよね』


10↑↑↑4=10↑↑10↑↑10↑↑10


「なにか、だまされた気分もしますが、一応理解はできます」

『このあたりで、指数タワーによる表記の限界が来てしまいます。ここからは、矢印をそのまま理解していかないと追いつかなくなります』(著者注: 縦横拡大表記を使えば一応矢印表記の限界まで表せるが、ここに記すには横幅が狭すぎる。)


〔次は、ペンタタクシス、ペンタタクシスです〕

無慈悲という言葉が僕の頭をよぎった。

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