第37話 線形オメガ航空334便(後編)

並ぶ牧場の合間に見えてきたのは、地面に刺さった#の記号だ。規則正しく並んでいるところもあれば、大きく間が空いているところもある。牧場と#の並びを眺めていると、彼女が説明した。


『下に並んでいるオブジェは、Sbiis Saibianが名付けた数の一群です。1万個以上の数に名前を付けたため、その功績からそれらの数のうち多くの場所にあのオブジェが設置されています』

「1万個・・・すごく多いですね」

『といっても、多くは派生形として作られているので、本質的にはそこまで多くありません』

「そうなんですね」


次に見えてきたのは少し大きな#の記号だ。あれには何か特殊な意味があるのだろうか。

『あそこに見える少し大きいオブジェはgugolteslaです』

「ガゴルテスラ?」

『はい。この数は、拡張ハイパーE表記を用いて定義されています。その前に、ハイパーE表記の残りを確認しましょう』

(著者注: 2変数のハイパーE表記が10話で登場している)

(メタ著者注: 著者には現実を見てもらうが、10話が執筆されたのは4である)

(著者注: 簡単のため底は10で固定とする)


Ex=10^x

Ea_1#a_2#a_3・・・#a_n#1=Ea_1#a_2#a_3・・・#a_n

Ea_1#a_2#a_3・・・#a_(n-2)#a_(n-1)#a_n=Ea_1#a_2#a_3・・・#a_(n-2)#(Ea_1#a_2#a_3・・・#a_(n-2)#a_(n-1)#a_n-1)


(著者注: 定義原文では優先度は上から順とする(超意訳)と書いてあるので3つ目のa_nが1になって2つ目と衝突することはない)

(著者注: E10#3に適用できるルールが厳密にはなさそうだが、原文では英語による説明でそこが補充されている)


『いくつか例を示しますね』


E3=10^3

E5#4#3#2#1=E5#4#3#2

E10#3=E(E10#2)=E(E(E10#1))=EEE10=10^10^10^10

E3#3#4=E3#(E3#3#3)=E3#(E3#(E3#3#2))

=E3#(E3#(E3#(E3#3#1)))=E3#(E3#(E3#(E3#3)))・・・


「不思議な展開をするのですね」

『はい、BEAFなどとは違った展開をします。このために、この表記の限界は矢印表記と同じ程度になります。実際に比べてみましょう』


Ea_1=10^a_1

Ea_1#2=E(Ea_1#1)=EEa_1=10^10^a_1

Ea_1#3=E(Ea_1#2)=10^10^10^a_1

Ea_1#a_2=10^・・・10^a_1 (10はa_2個)≒10↑↑a_2

Ea_1#a_2#2=Ea_1#(Ea_1#a_2#1)=Ea_1#(Ea_1#a_2)≒10↑↑10↑↑a_2

Ea_1#a_2#3=Ea_1#(Ea_1#a_2#3)≒10↑↑10↑↑10↑↑a_2

Ea_1#a_2#a_3=Ea_1#(Ea_1#a_2#3)≒10↑↑・・・10↑↑a_2 (10はa_3個)≒10↑↑↑a_3

Ea_1#a_2#a_3#a_4≒10↑↑↑↑a_4

Ea_1#a_2#a_3#a_4#a_5≒10↑↑↑↑↑a_5

・・・


「右端以外の数は近似に関係ないのですね」

『はい。値に与える影響が小さいので、近似からは消えてしまいます』

「ω^ωまで届くBEAFを見た後だと、小さく見えますね」

『この次の拡張で、この表記もω^ωに届きます』

「これ以上、どのように拡張するのですか」

『矢印表記と同様の方法を使います。#^nはn個の#を表します』


Ex=10^x

E@#^h(n-1) a_n #^h(n) 1=E@a_n

E@#^h(n-2) a_(n-1) #^h(n-1) a_n = E@#^h(n-2) a_(n-1) #^h(n-1)-1 a_(n-1) #^h(n-1) a_n-1

E@#^h(n-2) a_(n-1) # a_n = E@#^h(n-2) (E@ #^h(n-2) a_(n-1) # a_n-1)

(著者注: 空白は単に読みやすさのために挿入した)

(著者注: 拡張版の定義原文では優先度は上から順とするという文言がないため厳密にはill-definedである)


「なんだか、難しそうですね」

『具体例を見るとわかると思います。3番目以外のルールは、実質的に変わっていません』


E3=10^3

E10##3#1=E10##3

E10##5####1=E10##5

E10###3##2#3=E10###3##(E10###3##2#2)


『右端だけを見たら、#が1つだけのときと同じような動きをしていることに注目してください』

たしかに、右端が1のときにそのすぐ左の#が全部削れていること以外は、さっきと全く同じである。


『3番目のルールは、矢印表記と同じような見た目になります』


E10##4##3=E10##4#4##2=E10##4#4#4##1=E10##4#4#4

E10###2#5###2=E10###2#5##5###1=E10###2#5##5=・・・=E10###2#5#5#5#5#5


『4↑↑3=4↑↑4↑↑4、5↑↑↑2=5↑↑5=5↑5↑5↑5↑5と同じような展開をしていることに注目してください。また、展開は右端からしか行えないので、』


E10##4#5##4#3##6

E10#10#10#10#5#5#5#5#3#3#3#3#3#3


『これらは異なる数であることに注意してください』

「わかりました」

展開は理解できるが、本当にこれがω^ωなのだろうか。

「これで、BEAFと同じくらい大きくなるんですか?」

『線形配列のBEAFと同じ強さになります』

「線形配列?」

『今までやってきたBEAFは全体の一部で、その部分は線形配列と呼ばれています。その上はあまり使うことがないのですが、必要になったら解説します』

あれより上に行く方法があるのか。#を並べたのと同じように、コンマを並べるのだろうか。また後で聞くことにしよう。

『それで、拡張ハイパーE表記と線形配列のBEAFの比較でしたね』

彼女はすごい勢いで数式を並べていく。


En={10,n}

En#n≒{10,n,2}

En#n#n≒{10,n,3}

En#n#n#n≒{10,n,4}

En##n≒{10,n,n}≒{10,10,n}

En##n#2=En##(En##n)≒{10,10,{10,10,n}}

En##n#3=En##(En##n#2)≒{10,10,{10,10,{10,10,n}}}

En##n#n≒{10,n,1,2}

En##n#n#2=En##n#(En##n#n)≒{10,{10,n,1,2},1,2}

En##n#n#n≒{10,n,2,2}

En##n#n#n#n≒{10,n,3,2}

En##n##n≒{10,n,n,2}≒{10,10,n,2}

En##n##n#n≒{10,n,1,3}

En##n##n##n≒{10,n,n,3}≒{10,10,n,3}

En##n##n##n##n≒{10,10,n,4}

En###n≒{10,10,n,n}≒{10,10,10,n}

En###n#n≒{10,n,1,1,2}

En###n#n#n≒{10,n,2,1,2}

En###n##n≒{10,n,n,1,2}≒{10,10,n,1,2}

En###n##n#n≒{10,n,1,2,2}

En###n##n##n≒{10,10,n,2,2}

En###n###n≒{10,10,10,n,2}

En###n###n#n≒{10,n,1,1,3}

En###n###n###n≒{10,10,10,n,3}

En####n≒{10,10,10,10,n}

En####n#n≒{10,n,1,1,1,2}

En####n##n≒{10,10,n,1,1,2}

En####n###n≒{10,10,10,n,1,2}

En####n####n≒{10,10,10,10,n,2}

En#####n≒{10,10,10,10,10,n}

En######n≒{10,10,10,10,10,10,n}


『このように、#が一つ増えると、BEAFの配列でnの位置が一つ右にずれます』

改めて数式を上から読んでいく。BEAFでは繰り返しは右から3つ目の数を増やすことで表現されるが、この表記では#nを繰り返すことで表現される。それがたくさん重なると、BEAFでは右から4つ目の数になって、この表記では##になる。これを繰り返して、#の数がBEAFでの数の位置に対応するようだ。

「たしかに・・・そうですね!」


『そして、gugolteslaはE100##100##100##100です』

そういえばそうだった。もう一度窓から外を見てみるが、もうどれがそれだかわからない。その代わり、巨大な#のオブジェが前方に見えてきた。

『もう見えないようですね。前に見えるのはthroogol、そしてその手前の建物がこの飛行機の目的地、ジェネラル空港です』

彼女はノートの新しいページに書いた。


throogol = E100###100

general = {10,10,10,10}


「奥には牧場もあるようですね」

『はい。トルーゴル牧場です。スルーゴルとは微妙に綴りが違うことに注意してください』


troogol = {10,10,10,100}


「こっちはBEAFなんですね」

『はい。同じような大きさで、同じような単語ですが、違う系統の数です』

しかし紛らわしい。そんなことを思っていると、飛行機は着陸したようだ。


<線形オメガ航空334便、これにてジェネラル空港に着陸しました。時刻0デサー32ミラー、2ミラーの遅延が生じたことをお詫びいたします>


着陸前にはシートベルトを着用しろだとかそんな指示があると思うが、完全に聞き逃していた。座席を見回すとそもそもこの飛行機にはシートベルトが存在しないようだ。この飛行機は揺れが少なかったから、安全に作られているのだろうか。この世界の謎は多い。


彼女の声が僕を現実に引き戻した。

『さあ、行きますよ』

気が付いたら飛行機の中は僕たちだけになっていた。これから先、どんな世界が待っているのだろう。ω^ωまでの展開はもう知っているが、その中にも僕の知らないもっと面白いものがあるのだろうか。

こうして僕たちは飛行機を降りて、次の世界へと向かった。

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