第13話 三階鉄道(後編)
〔まもなく、グーゴルプレックス、グーゴルプレックスです〕
電車がグーゴルプレックスに止まった。かなり大きい駅で、見える範囲で200人はいる。実際には向こうにも何百人、何千人といるのだろう。それにしても、この駅は他の駅と比べても異常に大きい。彼女ならこの理由を知っているだろうか。
「この駅は、なぜこんなに大きいのですか」
『ここは、巨大数の入り口として知られている駅です。グーゴルと並んで、この駅も拡張が進んでいます』
「ここまで来ても、まだ入り口ですか」
『はい。巨大数的には、ここはまだ最初の一歩を踏み出したにすぎません』
「この先がすごく長いということですか」
『おそらく、今のあなたが想像できるどんな数よりも大きいと思います』
「それは、無限ということですか」
『いいえ。無限ではなく、とても大きい有限です』
「でも、その有限は無限に近いところにあるんですよね」
『いいえ。どれだけ数が大きくなっても、無限大との距離は変わらず無限大のままです』
「どういうことですか」
『1より大きい整数はいくらでもあります。100より大きい整数も、やはりいくらでもあります。グーゴルより大きい整数も、やはりいくらでもあります。数がどんなに大きくなっても、それより大きい整数が無数に存在するということです』
「数は無限に続くということですよね」
『はい。果てしなく続く整数の中でどれだけ遠くに行けるか、ということです』
「整数は果てしなく続くのに、それぞれの整数は有限なんですね」
『はい。有限の数が、無限にあるのです』
僕は、あるウェブサイトに書かれていた名言を思い出した。
非負整数はいくつあるのか?
もし無限個あるなら、なぜそれらは全て有限なのか?
-- Sbiis Saibian
僕たちが無限について話している間にも、電車は大きい数へと進んでいった。今どこまで大きくなったのだろう。僕は前のディスプレイを見る。
現在地: E 151. 673 980 543 # 2
次の駅: E 153. 906 997 548 # 2
停車まで: 1#19
Eはどう計算すればよかったか。僕は定義を思い出す。
Ex = 10^x
Ex#1 = Ex
Ex#y = E(Ex#(y-1))
つまり、この場合はE151#2=E(E151#1)=EE151=E(10^151)=10^10^151と計算できる。
ここまで計算して、車内アナウンスが聞こえた。
〔まもなく、トリテットジュニア、トリテットジュニアです〕
この数の語尾はillionではないのか。電車が駅に着いてから、彼女が説明する。
『トリテットジュニアは4
「4↑↑4というのは、4の指数が4段あるということですよね」
『底も含めて4段です。つまり、4↑↑4=4^4^4^4です。もちろん指数は右から計算していきます』
「だいぶ、テトレーションの定義を思い出してきた気がします」
『テトレーションはこの後の矢印表記にもつながる重要な概念なので、理解しておいてください』
彼女はノートのあるページを開いた。そこには、テトレーションの説明が書かれている。足し算を繰り返すと掛け算、掛け算を繰り返すと累乗、そして累乗を繰り返すとテトレーションだ。テトレーションを繰り返すとどうなるかと一瞬だけ思ったが、きっとどこかで彼女が説明してくれるだろう。それまでは保留だ。とにかく、今はテトレーションの計算方法を見直そう。
3=3↑↑1
3^3=3↑↑2
3^3^3=3↑↑3
3^3^3^3=3↑↑4
3^3^3^3^3=3↑↑5
指数は右上から計算していくから、例えば3↑↑3は3^(3^3)=3^27であって(3^3)^3=27^3ではない。3↑↑4は3^(3^(3^3))=3^(3^27)と計算する。右から計算するから、テトレーションはかなり大きい数を作り出すことができる。
そんなことをしばらく考えていたら、また車内アナウンスが聞こえた。
〔まもなく、ヘキサコンティリオン、ヘキサコンティリオンです〕
確か、ヘキサコンタは60という意味だったから、ヘキサコンティリオンは10^(3*10^180+3)となる。指数のところは3倍する必要がある。ミリ、マイクロ、ナノという3桁ずつ0が増える系列の60番目の数という意味だからだ。
その後、電車はこの系列の数、具体的にはheptacontillion, octacontillion, ennacontillionに止まったが、どれも無人駅で乗降客はいなかった。
次の駅はhectillionという名前らしい。電車が駅に着くと、僕はその駅がさっきまでの駅とは違って老朽化が進んでいないことに気がついた。彼女がそれに答えるように話しかけた。
『このあたりは最近、改修工事が行われました』
「だからこんなにきれいなんですね」
『この後の駅には、新築されたものもありますよ』
僕は車窓からの景色を眺めていた。左側はずっと壁だが、右側はさっきまでとは違って経年の老朽化がほとんど見られない。電車が止まったいくつかの駅も、やはり汚れがほとんどない。彼女によると、100日ほど前に建てられたものらしい。だからこんなにきれいなのか。
しばらく車窓を眺めていると、彼女が声をかけた。
『あれを見てください。
「中に人がいるようですが、あれは動いているのですか」
『はい。何千日もかけて、ゆっくりと動いています。私達の乗っているこの鉄道に比べるとかなり遅いので、止まっているように見えるだけです』
「何千日・・・中の人たちは大丈夫なんですか」
『はい。ここの鉄道はどこも設備が充実しているので、何千日といても問題ない思います』
「だとよいのですが」
しばらくして、別のアナウンスが聞こえた。
〔次は、キリリオン、キリリオンです〕
『キロは1000という意味なので、killillionは10^(3*10^3000+3)です。ここから少し数詞の様子が変わります』
そう言って、彼女はノートの新しいページにこう書いた。
killillion=10^(3*10^3000+3)
micrekillillion=10^(3*10^6000+3)
nanekillillion=10^(3*10^9000+3)
picekillillion=10^(3*10^12000+3)
femtekillillion=10^(3*10^15000+3)
attekillillion=10^(3*10^18000+3)
zeptekillillion=10^(3*10^21000+3)
yoctekillillion=10^(3*10^24000+3)
xonekillillion=10^(3*10^27000+3)
vecekillillion=10^(3*10^30000+3)
『killillionの前の数詞に、micro, nano, pico, ...という接頭辞のoをeに変えたものが使われていることに注意してください』
dukillillion, triakillillion, tetrakillillionとしてくれればわかりやすいのに、なぜこうするのだろう。僕は彼女に尋ねる。
「なぜ、dukillillionやtriakillillionとは言わないのですか」
『実は、killという接頭辞がこれより大きい種類の系列に属するからです。ちょうど、英語で数を数えるときにthousandを大きい区切りとして2000をtwo thousandと呼ぶように、killを大きい区切りとしてその上の位を表すのにはmicroやnanoといった小さい数詞が使われます』
「具体例をお願いします」
『はい』
彼女はいくつかの数をノートに書き加える。
killiahectillion=10^(3*10^3300+3)=10^(3*10^(3*1100)+3)
micrekilliamillillion=10^(3*10^6003+3)=10^(3*10^(3*2001)+3)
zeptekilliapentaennaconte-dohectillion=10^(3*10^21873+3)=10^(3*10^(3*7295)+3)
『最初の例では、killiaが1000、hectが100と言う意味なので全体で1100を表す数詞になります。2つ目の例では、micreが2、killiaが1000、milliが1を表すので全体で2001となります。3つ目の例は少し複雑ですが、7,1000,5,90,200の順に数詞が並んでいて、合計で7295を表します』
「だいたいイメージがつかめてきました。ちょうど、millionやbillionと3桁以下の数を使って大きい数を表すのに似ていますね」
『その通りです!小さい数での構造が、大きい数を作るのにも繰り返し使われることがあります。この考え方は、巨大数ではよく使われますのでよく理解しておいてください!』
「構造を繰り返し使う・・・のですか」
僕はしばらくこの意味を考えていた。確かに、この場合は3桁の数とmillionとの関係がmilliやmicroといった数詞とkilliaとの関係と同じになっている。しかし、これを繰り返し使うとはどういうことだろうか。killiaを単位として、さらに大きい単位を用意するのだろうか。きっとそのうちわかるだろう。
〔次は、終点、ミリオンドゥプレックス、ミリオンドゥプレックスです〕
僕が繰り返しについて考えているうちに、電車はもう終点まで来てしまったようだ。
『次は、多階鉄道に乗り換えます。多階鉄道では、数が一気に大きくなりますよ!』
「高い鉄道・・・ですか?」
『いいえ、多階鉄道です。多階鉄道では、今までの数が無に等しく思えるほど大きい数に行けます』
「それは期待ですね」
『はい』
〔ご乗車、ありがとうございました。まもなく終点、ミリオンドゥプレックスです〕
そして僕たちは電車から降りて、ホームの中へと向かった。
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