Class 3

第10話 10^10^6

僕たちはミリオンプレックスのホームにいる。ここから、三階鉄道に乗り換えてもっと先へ行くつもりだ。


「少し、お腹が空いてきましたね」

『私もです。三階鉄道の発車まであと30ミラーあるので、ここでゆっくり食事を楽しみましょう』

「ではそうしましょう」

そして僕たちは、駅構内で食べ物を探すことにした。


『この店の食べ物はおいしいですよ』

彼女は僕を店に案内する。僕たちは店の中の空いている席に座った。彼女はメニューを読んでいる。


三乗界リアル・キューブドの人が食べるものといったら・・・これはどうですか?』

彼女はメニューの中の料理の写真の一つを指さして僕に見せる。


「これは・・・何の料理ですか?」

『これはそちらの世界を参考にして作られた、"シェルプ"と呼ばれる料理です』

「シェルプ・・・聞いたことないです」

『でも、きっとあなたの口にも合うと思いますよ』


彼女はウエイターを呼び、シェルプを注文する。


5分ほどして、その料理は届いた。彼女も同じものを食べるようだ。

その料理は、半球形のボウルに入っていた。ボウルの深さの3分の2ほどは球形の白い小さな粒で満たされている。その上には生成り色をした正八面体形の物体が3個と、それより一回り小さい緑色の正十二面体形の物体が5個乗っている。

「これは・・・何ですか?」

僕は生成り色の八面体を指して、すでに食べ始めていた彼女に尋ねる。

『これはカルトーです。そちらの世界のジャガイモに似たものです。』

僕は再び八面体を見る。確かに、ジャガイモに見えなくもない。僕もこれを食べてみることにした。


味は芋というよりも鶏肉に似ていたが、口に合わないほどではない。続いて、緑色の物体も食べてみることにした。


野菜の味がする。キャベツのような味がするが、それとも少し違う。多分、この世界ではよく食べられている野菜なのだろう。


この野菜を2個だけ食べて、先に下の白い粒を食べる。米だ。僕が知っている米とは粒の形が違うが、確実にこれは米だ。知っている食べ物があって安心した。僕は米を食べられる喜びに任せてこの料理をかき込んだ。僕が食べ終わったとき、彼女はまだ食べていた。僕は彼女が食べている様子を眺める。こんなに彼女を眺めるのは初めてかもしれない。彼女は単純に美しい。僕はそれ以外に彼女を形容できる言葉を知らなかった。


しばらくして、彼女も食事を食べ終わった。そして、彼女は料理の入っていたボウルを脇へやり、ノートを広げた。


『これから乗る三階鉄道について、少し予習しておきましょう』

「予習・・・ですか・・・」

彼女は数学の話をしようとしているようだ。

『三階鉄道の現在地は、3通りで表示されています』

『まず、指数表記です』

彼女はノートに数式を書き始める。

10^ (1. 000 000 000 * 10^6)

『10の1掛ける10の6乗乗、つまり10の100万乗です』

「10の100万乗・・・というと・・・僕達が今いるところですよね」

『はい。私達はちょうど、10の100万乗の駅ナカにいます。では、次の表記を見てみましょう。PsiCubed2という人が発明したLetter Notationと呼ばれている記法です』

「ちょっと待ってください。最初の書き方すらまだ理解できていません」

『では、もう少しゆっくり説明します』

「ありがとうございます」

『まず、三階鉄道の第一の表記では全てこのような形になっています』

彼女は数式を付け足す。

10^ (a*10^b)

『a*10^bは、今まで見てきた単純な指数表記です。それが、10の指数となっています』

「そうすると、どうなるんですか?」

『この例にあるように、10の指数自体を指数表記にして全体の数を表すことになります』

「だったら、かなり大きくなりませんか?」

『はい。三階鉄道では、10の100万乗から10の(10の100万乗)乗まで行きます』

「なにか・・・想像がつきませんね」

『実際に行くと分かると思いますよ』

「だといいですけど」

『はい!きっと三階鉄道も楽しい旅になりますよ!第一の表記が分かったところで、このまま第二、第三の表記も予習しましょう!』

「はい、そうしましょう」


『第二の表記は、一般にPsi's Letter Notationと呼ばれているものです。三階鉄道の範囲ではアルファベットのFの後に小数を続けて書かれています。これ以外の範囲ではアルファベットの部分がF以外の部分になることもありますが、今はそこまで予習する必要はありません』

「具体例をいくつか見せてください」

『はい。例えば、10の100万乗は次のように書かれます』

彼女はノートに水平線を引き、その下に次のように書いた。

F 2. 778 151 250

「これは、どういう意味ですか?」

『定義を説明しますね』

彼女はさっきの式の下に定義を書き加える。

F x = 10^x (0≦x<1のとき)

F x = 10^(F (x-1)) (x≧1のとき)

『まず、最初の行はFの後の数が0以上1未満の時の定義式です。つまり、F0=1, F0.5=10^(1/2)=√10, F0.8451≒7といった具合です』

「"10の何乗"という意味なので、わかりやすいですね」

『はい。ただ、2行目の式は少しわかりにくいです』

「確かに、左辺と右辺にFがあって複雑そうに見えます」

『2行目はx>1のときの定義です。少し具体例をあげてみましょう』

彼女は式を書き足す。

F1.5

=10^F0.5

=10^10^0.5

=10^√10

F2.6020

=10^F1.6020

=10^10^F0.6020

=10^10^10^0.6020

≒10^10^4

=10^10000

F3

=10^F2

=10^10^F1

=10^10^10^F0

=10^10^10^10^0

=10^10^10^1

=10^10^10

「なんとなく、わかった気がします」

『最後の例のように、Fxは、xが整数の時は10↑↑テトレーションxと一致することを確認しておいてください』

「テトレーションというと、指数を重ねるのでしたよね」

『はい。a↑↑bは、a^a^...^aのように、aの指数をb段重ねることです』

「だいぶわかってきました」


『では、第三の記法に移りますね』

「はい」

『第三の記法は、Sbiis Saibianという人が発明したハイパーE表記と呼ばれるものです。さっきの表記とも少し似ていますが、こちらのほうがよりわかりやすくなっています』

「それは、どんな表記で書かれるのですか?」

『これも、定義を書きますね。今のところは2変数のときだけで十分なので、2変数バージョンで書きますね』

彼女はまた水平線を引いて、数式を書く。

Ex = 10^x

Ex#1 = Ex

Ex#y = E(Ex#(y-1))

(ただしxは実数、yは2以上の整数)

「さっきの定義より、少し複雑になっていますね」

『はい。実際の定義はもう少し複雑ですが、今はこれでとどめておくことにします。この表記は、さっきのLetter Notationよりも直感的にわかりやすくなっているのが特徴です』

「これが・・・直感的なんですか?」

『はい。いくつか、具体例を示しますね。』

彼女はノートに書き足す。

E3=10^3

E4.5=10^4.5=10000√10

E57#1=E57=10^57

E3#2

=E(E3#1)

=E(E3)

=E(10^3)

=10^10^3

E2.8#3

=E(E2.8#2)

=E(E(E2.8#1))

=E(E(E2.8))

=E(E(10^2.8))

=E(10^10^2.8)

=10^10^10^2.8

『このように、Ex#yは10の指数タワーをy段積んだ後にxが来るものと同じ値になります』

「もう少し待ってください」

『わかりました』

僕は具体例をもう一度読み直してみる。最初の例はE3で、これは最初の定義から10^3になる。次も同じで、最初の定義からすぐにわかる。その次はE57#1だ。これは2番目の定義からE57と等しくなる。ここで最初の定義を使うと、E57=10^57だからE57#1=10^57がわかる。次は少し複雑そうだ。E3#2に対しては、1行目も2行目も使えない。そうすると3行目を使うことになる。この場合はxが3でyが2だから、E3#2=E(E3#1)と変形できる。この括弧の中のE3#1はさっきもやったようにE3、つまり10^3になるからE(E3#1)=E(10^3)がわかる。E(10^3)=10^10^3だから、結局E3#2=10^10^3ということだ。次の例では#の右側が3になっている。これも3番目の定義を使うとE2.8#3=E(E2.8#2)となる。括弧の中にまた3番目の定義を使ってE(E2.8#2)=E(E(E2.8#1))となり、あとはE3#2のときと同じことをすればいいだけだ。なんとなく、この表記がわかったような気がする。


『もう、いいですか?』

彼女が問いかける。

「なんとか、Eの表記をわかった気がします」

『定義がわかればあとは慣れの問題なので、三階鉄道で観光を楽しみつつこれらの表記に慣れていきましょう!』

「そうすることにします」

『では、三階鉄道のホームへ向かいましょう』

彼女は支払いを済ませる。値段は2人分で3万6千"ズィリオン・ドル"らしい。

僕たちが店の外に出てから、僕は彼女に尋ねる。

「ズィリオンというのも、何かの数なんですか?」

『ズィリオン・ドルのことですか?』

「はい。支払いのときに気になったので」

『では説明しますね。実は、ズィリオンという単語は決まった数を表すものではなく、"何か大きい数"といった抽象的な概念を表すために使われる単語で、英語圏でジョークとして用いられることが大半です』

「具体的には、どれくらいの数をイメージしているのですか」

『基本的には文脈によりますが、zillionが10^10000より大きい数を想定していることはほとんどありません。実際、Dougというアニメでこの単語が使われたときは10^1722を意味していました』

「僕たちがいる空間に比べると、だいぶ小さいですね」

『はい。私たちはすでに、あなたの世界で使われるような数の遥か先にいます』

「でも、この世界にはまだ先があるんですよね」

『はい。この世界では、私たちがいるのはまだすごく小さいところです。この先にもとてつもなく広い世界があります』

「では、僕たちはもっと先へ行かなければなりませんね」

『この世界の端を探すのは、どれくらい難しいかわかりません。ただ、私たちならできると思いますよ!』

「はい!」

そんなことを話しながら、僕たちは三階鉄道のホームへと向かった。そこにはすでに電車が止まっていた。

『それでは、三階鉄道の電車に乗って、観光を楽しみましょう』

そして僕たちは電車の中に座った。

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