第9話 上二階鉄道(後編)

僕はしばらくの間、あの4を忘れることが出来なかった。


〔次は、グーゴルゴング、グーゴルゴングです〕

車内アナウンスが聞こえた。グーゴルはわかるが、ゴングとはどういう意味だろう。僕は前のディスプレイを見る。


現在地: 2. 761 448 439 * 10^67563

次の駅: 1. 000 000 000 * 10^100000

停車まで: 4#83


そういえば、グーゴルチャイムは10^1000だったし、グーゴルベルやグーゴルトルなんてのもあった。多分、これもその系列の一部だろう。僕は彼女に確認する。


「グーゴルゴングも、グーゴルベルやグーゴルトルと同じ系列の数なんですか?」

『はい。ベルは50倍、トルは100倍、チャイムは1000倍という意味で、それぞれの倍率は指数に適用されます。』

そういって、彼女はノートに表を書き始めた。


 単語    倍率    「googol」が前についた

               時に表す数

 ding     5       10^500

 chime    10       10^1000

 bell     50       10^5000

 toll      100       10^10000

 gong     1000      10^100000

 bong     10^6      10^(10^8)

 throng    10^9      10^(10^11)

 gandigan   10^12      10^(10^14)


『表す数の指数が、100に倍率をかけたものになっていることに注目してください』

「グーゴルは10^100なので、ゴーゴルゴングは指数の100を1000倍した10^100000になるというわけですね」

『その通りです』


〔まもなく、グーゴルゴング、グーゴルゴングです〕

そして電車はグーゴルゴング、すなわち10^100000に止まった。有人駅ではあるものの、乗降客は誰もいない。




〔次は、グーゴルバー、グーゴルバーです〕

「これも、グーゴルゴングと同じ系列の数ですよね」

僕は彼女に確認する。

『いいえ。名前は似ていますが、全く別の系列の数です』

別の系列なのか。別の系列なのに、なぜこんなに名前が似ているのか。どちらかの系列を作った人が、もっと違う名前を提案していればよかったのに。

そんなことを考えていると、彼女が説明を始めた。


『まず、グーゴルは10の100乗ですが、これを100の50乗と考えます。』

「えっ」

『10の100乗は指数法則で(10の2乗)の50乗と変形できるので、10の100乗は100の50乗と等しくなります』

「なぜそんな変形をするんですか?」

『理由はすぐにわかります。その前に、100の50乗をもう少し変形して、"50の2倍の50乗"としておきます』

「それが、グーゴルバーとどう関係するんですか?」

『では、グーゴルのスペルを書いてみてください』

彼女は僕に紙とペンを手渡す。

「"グーゴル"の綴りは・・・こうでしたよね」

そう言いながら、僕は彼女から渡された紙に

g o o g o l

と書いた。

『そうですね。では、この部分に注目してください』

そう言って、彼女は最後の"l"の左右に括弧を書き足した。

g o o g o[l]

僕は、このlが何の意味を持つのかまだわからなかった。

『Lは、ローマ数字だと50を意味します。ここで、さっきの変形を思い出してください』

さっきの変形というと、10^100=(50*2)^50だ。この式の右辺には50が2回出てくるが、まさかこれがそのLなのか。

『"50の2倍の50乗"の50が、googolの最後のlに対応していると考えます』

「そうすると、どうなるんですか?」

『つまり、googoの後にローマ数字をつければ、"その数字"の2倍の"その数字"乗が表せると考えます』

「つまり、どういうことですか?」

『少し具体例を挙げてみますね』

そう言って、彼女はgoogo[l]の下にいくつかの単語と数式を書き足した。

googoi=(1*2)^1=2

googoij=(2*2)^2=8

googoiji=(3*2)^3=216

googoiv=(4*2)^4=4096

googov=(5*2)^5=100000

googovi=(6*2)^6=2985984

googox=(10*2)^10=20^10=10240000000000

googol=(50*2)^50=100^50=10^100

googoc=(100*2)^100=200^100≒1.26765*10^230

googod=(500*2)^500=1000^500=10^1500

googom=(1000*2)^1000=2000^1000=1.07150*10^3301

『googoijとgoogoijiの末尾が-iiと-iiiではなく-ijと-ijiになっているのは、発音上の都合です』

「ということは、グーゴルという単語はここから来たんですか?」

『逆です。グーゴルという単語をもとにして、これらが作られました』

「では、グーゴルが先にあって、それを拡張したということですね」

『その通りです。では、バーの解説もしてしまいましょう』

「バーというと、グーゴルバーのバーですか?」

『はい。ローマ数字にバーが付くと、その数が1000倍になります』

「ということは、例えばgoogovbarは(5*2)^5*1000=10^8ですか?」

『いいえ。1000倍するのはローマ数字の部分なので、googovbarは(5000*2)^5000、つまり10^20000となります』

「だったら、googolbarは・・・」

『Lはローマ数字で50なので、Lバーは50×1000で5万を表します。つまり、googolbarは10万の5万乗、つまり10の25万乗となります』

「25万乗、ですか・・・」

10の25万乗という数は、僕の想像できる範囲をはるかに超えていた。僕は前のディスプレイを見る。


現在地: 3. 759 823 526 * 10^216433

次の駅: 1. 000 000 000 * 10^250000

停車まで: 4#83


〔まもなく、グーゴルバー、グーゴルバーです〕


電車はグーゴルバー、つまり10の25万乗に着いた。何人かここで降りていくようだ。全員が降りた後、電車はまた動き出した。


〔次は、終点、ミリオンプレックス、ミリオンプレックスです〕

プレックスという単語はどこかで聞いた気がする。累乗に関係する単語だったような気がするが、記憶が確かではない。僕は彼女に説明を求める。


『自然数nに対し、nプレックスは、10のn乗という意味です』

彼女が答える。

「ということは、ミリオンは100万なので、ミリオンプレックスは10の100万乗ということですか」

『はい。その通りです』

「ところで、この電車は次で終点なんですよね」

『はい。ミリオンプレックスに着いたら、次は三階鉄道に乗り換えます』

「それは、どこまでいけるんですか」

『三階鉄道には、グーゴルプレックスやトリアログといった有名な数があります』

「それはぜひとも行ってみたいです」

『三階鉄道には最近できた駅がいくつかあるので、そこも見どころですね』

僕たちはこんな会話をしばらく続けた。



〔ご乗車、ありがとうございました。まもなく終点、ミリオンプレックスです〕


そして電車はミリオンプレックスに着き、僕たちは電車から降りて駅のホームに足を踏み入れた。

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