第31話 グラハム線(後後編)

〔間もなく右手に見えますのは、ブーゴルトリプレックス駅です〕

「ブーゴルトリプレックスは、こういうことですよね」

今度は僕が彼女からノートとペンを借りて書く。


boogoltriplex = {10,10,{10,10,{10,10,{10,10,100}}}} =


10↑↑...↑↑10

 `----v----′

10↑↑...↑↑10

 `----v----′

10↑↑...↑↑10

 `----v----′

10↑↑...↑↑10

 `----v----′

   100


『はい。triplexなので、一番下の10↑↑...↑↑10の上にもう3段、つまり矢印の列が合計4段重なることになります』


だいぶわかってきた。矢印で表された数が次の段の矢印の本数になることで、さらに巨大な数を生み出すのだ。こうして生み出された数は単に矢印を横に並べるだけでは表せないほど大きくなる。


〔間もなく右手に見えますのは、ユナドム駅です〕

『ユナドムは、急増加関数でf_(ω+1)(10)と表される数です』

「ユナドムという名前も、何かに分解できるのですか」

『はい。un、add、omの3つに分解されます』

彼女は図のようなものを書く。


     un add om  =  f_(ω+1)(10)

      1  +  ω


『この系列の名前は、順序数の式を右から左に読むことで付けられています』

「逆から読むのですね」

『はい。undecillionのundeciが1+10を表すように、右から左に読んで名前を付けることも巨大数ではよく行われます』

「急増加関数で表された数にも、名前が付くのですね」

『はい。右の括弧の中が10であるような多くの数に対し、名前が付けられています。しかし、他の数に比べると名前が付いたのは最近です』

「最近と言うのは、いつごろのことですか」

『今から1200日ほど前です。他の名前は何千日も前からあるので、1000日より前でも最近といえます』

1200日ということは3年と少しか。そういえば、3年と言えばいいところをなんでわざわざ1200日と言うのだろう。この世界では年数ではなく日数で数えるほうが自然なのだろうか。

「年という単位は、使わないのですか」

『年? それは何ですか』

そうか。そもそも年という概念がない可能性もある。とりあえずこっちの概念を説明しよう。

「僕のいた世界には、地球という球体があって、その表面で人々が生活しています。この地球は太陽という別の球体を中心に回っているのですが、その周期が1年です。1年は、約365日です」

『球体の上に住んでいたのですか』

「はい。といっても、非常に大きいので普段の生活は平面の上で過ごすのとあまり変わりませんが」

『ずいぶん複雑そうな世界ですね』

「この世界はもっと単純なのですか」

『見ての通り、床はどこまでも平らで、3次元の空間がどこまでも広がっています』

「僕のいた世界とは違いますね」

『またどこかで、あなたの世界についても聞かせてください』

「もちろんです!」


僕の声に被さるようにアナウンスが流れる。

〔ご乗車、ありがとうございます。まもなく終点、グラハム数です〕

『ついに・・・来てしまいましたね』

「そんなに重要なのですか」

『はい。グラハム数は、もっとも有名な巨大数のひとつです』

そんな会話とともに、僕たちは電車を降りた。これから僕たちはどこへ行くのだろう。

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