第33話 グラハム数(後編)

『少し待ち時間がありますし、ちょっとした数字のゲームをしましょう』

彼女は酢酸をすすりながら言う。彼女が酢酸臭くなってしまったが、そんなことを言ったら彼女に嫌われそうなので言わないことにする。


彼女はトランプのようなものを服の内側から取り出す。

『これは数雀というゲームの整界版です。まず、ルールを説明しますね』


彼女は10分くらいかけてルールを説明した。

【数雀整界版 ルール】

・前提

・・0~9が各5枚、合計50枚のカードを用いて行う。

・・各プレイヤーは手札と河を持つ。

・・どちらのプレイヤーにも属さない、山札とよばれる領域が存在する。

・・プレイヤーの数は2である。(著者注: 複数のプレイヤーがチームをなす場合はそのチームを1つのプレイヤーとみなす。)

・・手札は公開されており、基本的にカード5枚からなる。

・・河は公開されており、初期状態では空である。

・初期状態

・・カードを全て裏向きにして混ぜる。

・・混ぜたカードのうち10枚を表向きにし、そのうち5枚を一方の手札に、残りの5枚をもう一方の手札に配る。

・・配られていない全てのカードを、裏向きのまま山札に積む。(著者注: 「山札の一番上」を使用することがあるので、カードをばらばらに置いておくことはできない。)

・プレイ

・・各プレイヤーは交互にターンとなる。

・・プレイヤーのターンでは、次のことを行う:

・・・もし2回目以降のターンであれば、勝負(後述)を宣言することができる。

・・・手札から1枚カードを河に移動させる。

・・・相手の河または山札の一番上から1枚カードを取り、それを表向きにして手札に移動させる。(著者注: 補題: 相手の河または山札の一番上には少なくとも1枚のカードが存在する。)

・・・もし相手の河にカードが残っていれば、それらを河の外へ移動させ、ゲームから除外する。

・勝負

・・勝負を宣言すると、次の(宣言していない側の)ターンでゲーム終了となる。

・点数

・・各プレイヤーは、ゲーム終了時の手札に存在する5つの数を使って、近似式(後述)を作る。

・・便宜上、近似式の左辺を評価して得られる値が右辺を評価して得られる値と等しいときは、近似式をA≒BではなくA=Bと表記する。

・・近似式の左辺を評価して得られる値と右辺を評価して得られる値のうち、小さい方をN、大きい方をXとする。このとき、プレイヤーの得点はN^(N/X)である。

・・ただし、近似式の少なくとも一方にテトレーション以上の演算が含まれるときは、N=Xとすることはできない。

・近似式

・・近似式とは、A≒Bの形の式である。

・・ただし、Aは(abc)deまたはab(cde)、Bはfghの形である。

・・ただし、a,c,d,f,hはカードの数、b,d,gは中値演算子(後述)である。

・中値演算子

・・|(連結): 123|45=12345のように、十進表記を連結させる

・・+: 足し算

・・×: 掛け算

・・↑: 累乗

・・↑↑: テトレーション

・・以下同様に、任意のハイパー演算

(著者注: これは「数雀」という実在するゲームをこの小説用に改変したものである。)


『では、実際にやってみましょう。あなたからどうぞ』

彼女はカードを配る。


僕の手札は3,5,6,6,8で、彼女の手札は1,2,5,8,9だ。

僕がカードを捨てる番だ。

8は一番大きいので捨てたくない。3や5を捨てると彼女が125=5^3を完成させてしまう可能性がある。消去法で6を捨てるしかない。

引いたカードは7だ。7は素数なので使いにくそうだが、これでもいいカードなのだろうか。


『2を捨てて河』

彼女はそう言うと、2を手札から河に送り、

// 山札から1枚引いた。引いたカードは7で、彼女も7,8,9の連番を作っている。(著者注: この段落は無視してください。本番環境で削除するのを忘れていたデバッグ用のデータです。)(メタ著者注: この行を削除しないまま公開したのはジョークです。校正時に削除しないでください。)

僕の6を取った。彼女は125=5^3を作ろうとしているのではないのか。


僕のターンだ。

まだ彼女の手札に1と5がある以上3と5は捨てない方が安全だ。6と8は偶数だから捨てがたい。となるとさっき引いた7をそのまま捨てるしかない。

山札から1枚引く。引いたカードは2だ。2,3,5,6,8という、いかにも微妙な数の並びになった。


『勝負、1を捨てて河』

今度は1を河に送り、山札から1枚取った。僕の7を取って、彼女の手札には5から9が1枚ずつ揃っている。勝負されたから、次の僕のターンが最後だ。


6,8は大きい数字だから捨てない方がよさそうだ。2,3,5のうち、捨てるとしたら3だろう。2は偶数だから6や8と相性がよさそうだし、5も5x+x=6xみたいな計算に使えるかもしれない。それに、彼女はこれ以上手札を変えられないから、3を捨てたせいで125=5^3が成立することはない。

3を捨てて、山札から1枚引く。2を引いたが、これで何が作れるだろうか。


『私の近似式は、(5+7)×8=96です』

かなり大きい数が出てしまった。

手札の2,2,5,6,8で何ができるか思いつかないが、近似でもいいので何か言わなければならない。明らかに80台の大きな数は作れそうにない。十の位を6にしても残りのカードでは60台の数は作れなさそうだ。しばらく考えて、一つの数式が浮かんだ。これが多分最大だろう。

「2×28=56でお願いします」


『ということは、96対56で、私の勝ちですね』


一試合終わったところで、機内アナウンスが聞こえた。

〔まもなく、線形オメガ航空334便、ジェネラル行きが離陸いたします〕


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数雀:(C)数雀協会

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