第5話 7.6兆(後編)

22244466101010

それにしてもひどい手札だ。ポーカーならそこそこ高い役が付くだろうが、今やっているのは素数大富豪だ。素数を出さなくてはならない。だがこの状況で出せる素数と言ったら2しかない。それ以外の素数は全部一の位が奇数だからだ。


「一枚引きます」

僕はこの手札をなんとか処理できるかと思い、山札から1枚引いてみることにした。もし奇数を引けば、手札の11枚に引いた1枚を足した12枚で素数が作れるかもしれない。僕はそう思いつつ、山札の一番上にあったカードを手に取った。


5


そのカードは5だった。確かにこれは奇数だ。だが、5で終わるすべての数は5の倍数になってしまう。これでは意味がない。素数の末尾にできないという点では、このゲームでは5は奇数というよりもむしろ偶数に近い存在かもしれない。


僕はどうしようもなくなったので、この引いた5を出すことにした。


『では、7で。』


普通に返された。そうか。僕が偶数をたくさん持っているということは、彼女は奇数をたくさん持っている可能性が大きい。


次に僕が出さないといけないのは7以上の素数だ。とりあえず1枚引いて、それが11か13だったらそのまま出そう。そうでないなら、パスするしかない。


引いたカードは1だった。パスするしかない。


『パスすると、場が流れます。』

そう言って彼女は場に出ている5と7のカードを山札の一番下に移した。


『そして、私のターンです。というわけで、311を出します。』

彼女は3と11のカードを置いた。2枚出しだ。


僕は2枚のカードでできる311より大きい素数を出さなければならない。今のままではどうしようもないので、カードを引く。13だ。何かにつなげて素数にできるかもしれない。例えば413とすればどうだろうか。この数は各桁の和が4+1+3=8で3の倍数ではないから、おそらく素数だろう。


僕は413を出した。彼女はパソコンの画面に413と打ち込み、エンターキーを押す。すると、413=7×59と表示された。


『413は素数ではないので、ペナルティとしてこの413を手札に戻して、さらに山札から2枚引いてください』


「ちょっと待ってください。さっきの311も確認してもらえますか?」


彼女は311をパソコンに入力してエンターを押す。311は素数と表示される。


『311は素数でしたのでペナルティは要りません』


ちくしょう。彼女は順調に手札を減らしていっているのに、僕の手札ばかりが増える。だがこの状況では引かなければ結局どうしようもない。とりあえず、言われた通り2枚引こう。


3 7


どちらも奇数だ。ペナルティが逆に有効に働いたかもしれない。


『では、次は私のターンですね』


そうか。さっきは僕が出して、ペナルティを受けたのだった。


『37で。』

また2枚出しか。ここは確実に素数だとわかる数で行こう。これ以上手札が増えるのはまずい。


「61」


『1213』

「それ、素数判定していただけますか」

彼女は何か企んでいるような顔で1213とパソコンに打ち込む。1213は素数と表示される。

『やはり、素数でした』

やはり?この人は1213が素数だということを知っているのか。まあいい。次に僕が出せるとしたらそれは1213より大きい2枚出しの素数だが、1312は偶数、1313は明らかに13の倍数なので無理だ。


「パス」

パスするしかない。だが彼女の手札はすでにあと4枚だ。もしかしたら彼女は4桁の素数を全て覚えていて、あの4枚が素数であることを知っているのかもしれない。


『349です。一応、素数判定しますね』

彼女は349をパソコンに打ち込む。349は素数と表示される。


『素数のような気がしたのですが、確かに、素数でした』

素数のような気がするって何だ。そんなことは今はどうでもいい。それより、問題は彼女の手札が残り1枚になってしまったことだ。もしあれが素数なら、僕がパスした時点で負ける。何か手はないか。僕はもう一度ルールを思い出す。


素数・・・2枚出し・・・57・・・グロタンカット・・・素因数分解・・・合成数出し・・・合成数出し!?


そうだ。合成数出しだ。合成数でも、その素因数分解と一緒に出せばその数を出せる。そして、それは多くのカードを消費できるはずだ。3枚出しだとしても、素因数が多い数なら10枚ぐらい消費できるかもしれない。


僕の手札でそれはできるか?手札にあるカードで作れるものですぐに思いつくのは10=2*5だが、今は3枚出しで考えないといけない。そういえばまだ山札から引いていなかった。カードによっては、これでうまくいくかもしれない。


3


ドローしたカードは3だ。だが、これをどう使えというのか。僕は手札を適当に並べ替える。その時、僕は、気付いた。3枚出しの、合成数出しが、できる。合計で、8枚、消費できる。


444=2*2*3*37


『何ですかこれは?!すごいじゃないですか!合成数出しですよ!』

彼女はなぜか興奮している。


「あの・・・そんなに興奮しなくても・・・」


『でも、ここまでカードを使う合成数出しを見たのは、これが初めてなんです!』


「そうでしたか!」


『はい!あっ、えっと、次は私のターンでしたね。1枚引いてパスで。』

彼女は自分で落ち着きを取り戻した。


パスしたから僕のターンだ。まず1枚ドローしよう。


12


12だ。これでさっきの1213が出せる。


「1213」


『1枚引いてパスで。』


よし。僕のターンだ。だが、出せる数がない。今の手札は24446101010で、全部偶数だからだ。この際一気に5枚ぐらいドローしたいものだが、ドローできるのは1枚までだ。いや、待てよ。ペナルティを有効利用すれば、それができる。5枚出しの偶数を出して、わざと5枚のペナルティを受ければいい。そうすれば、5枚ドローしたのと同等の効果が得られる。ただし、手番は相手に移ってしまうが。


「24446を出して、5枚引きます」


1 3 7 9 13


全部奇数だ。これでうまくいくかもしれない。


『では、私のターンですね。1枚引きます。』

彼女は山札から1枚カードを引く。

『パスで。』

なぜだ。なぜパスをするのかわからない。まさか彼女の手札には偶数しか残っていないのか。とりあえず、今残っている偶数を全て処理してしまおう。これが素数かどうかはわからないが、出してみるしかない。


444261010103


『では判定しますね』

彼女は無表情でパソコンに数字を打ち込む。エンターキーを押す。「444261010103は素数」と表示される。


『すごいですね!これだから素数大富豪は楽しいんですよ!』


「まさか素数だとは思いませんでした」


『ここで出会った素数は、一生忘れられませんね!』


「本当にそうですね」


『こんな素数を出されたら、パスするしかないですよ』


「では僕のターンですね」


急に僕が有利になった。さて、残ったカードは1,7,9,13だ。これを並べ替えて素数にできるかと思ったが、各桁の和が1+7+9+1+3=21で3の倍数なのでどう入れ替えても3の倍数になる。ここで17のような小さい素数を出すと、彼女に返されてしまうかもしれない。ここから勝つ方法はないか。僕は手札を並べ替えてみる。


1 9 7 13

あれ?


13 9 1 7

もしかして・・・


9 1 7 13

これって・・・


9 1  7 13

これだ!


僕は今までにないほど興奮した。この一手で、勝ちが確定したからである。あとはこれを、間違えないように出せばいいだけだ。


  9 1 = 7 * 1 3


『これは!あなたの勝ちです!』


僕は勝ったのだ。偶数のみの手札から、一時は相手に手札を1枚まで減らされたものの、勝てたのだ。




そんな喜びに浸っていると、横の線路に電車が入ってくる。


『電車が来たようですね。私たちは今からあれに乗ります。ちょうど素数大富豪も終わったことですし、片付けたら電車の中に入りましょう』


僕たちは余韻に浸りながら、トランプとパソコンを元の場所に戻した。そして、電車の中へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る