第11話 三階鉄道(前前編)

僕たちは三階鉄道の電車に乗り込んだ。内装は前の電車とほとんど同じで、座席が並んでいるだけだ。


僕は前のディスプレイを見る。3つの表記が繰り返し表示されている。表示は約4秒ごとに切り替わっているようだ。

現在地: 10^ (1. 000 000 000 * 10^6)

次の駅: 10^ (3. 000 003 000 * 10^6)

発車まで: 3#34


現在地: F 2. 778 151 250

次の駅: F 2. 811 382 056

発車まで: 3#29


現在地: E 6. 000 000 000 # 2

次の駅: E 6. 477 121 689 # 2

発車まで: 3#24


〔この電車は、三階鉄道、上り線です。間もなく発車いたします〕


『もうすぐ発車ですね』

彼女が僕に語りかける。

「そうですね。観光、でしたよね」

『はい。一緒に、車窓からの観光を楽しみましょう』


そして電車は動き出した。

〔次は、ミリミリリオン、ミリミリリオンです〕


『ミリミリリオンは、マイクリリオンとも呼ばれていますね』

彼女が補足する。

「どういうことですか?」

『この数もミリオンやビリオンと同じ、illionの系列に属する数です。しかし、ミリリオン以降の数の呼び方は何種類かあるようです』

「といいますと?」

『まず、illion系列の数はnを表す数詞の後にillionをつなげることで10^(3n+3)を表現します。そして、1000までの数詞は大体どの流派でも同じです』

「ちょっと待ってください。いくつか具体例を見せてください」

『はい』

彼女がノートに書き始める。

million=10^(3*1+3)

billion=10^(3*2+3)

decillion=10^(3*10+3)

vigintillion=10^(3*20+3)

centillion=10^(3*100+3)

millillion=10^(3*1000+3)

『vigintは20、centは100、milliは1000という意味です』

「なんとなくわかりました。この後はどうなるんですか?」

『細かいスペルは人によって異なりますが、ミリミリリオンの系列では次のようになっています』

bi-millillion=10^(3*2000+3)

tri-millillion=10^(3*3000+3)

quadri-millillion=10^(3*4000+3)

quinqui-millillion=10^(3*5000+3)

deci-millillion=10^(3*10000+3)

undeci-millillion=10^(3*11000+3)

vici-millillion=10^(3*20000+3)

trici-millillion=10^(3*30000+3)

centi-millillion=10^(3*100000+3)

milli-millillion=10^(3*1000000+3)

『このように、milliの前に専用の数詞をつけることで1000倍を表現しています』

「ということは、milliは1000なのでmilli-milliは1000の1000倍で100万ですね」

『その通りです。これにillionがつくので、milli-millillionは10^(3*1000000+3)となります』

「わかりました」

『一方、マイクリリオンの系列では、スペルが少し違っています』

duomillillion=10^(3*2000+3)

tremillillion=10^(3*3000+3)

quattuormillillion=10^(3*4000+3)

quinmillillion=10^(3*5000+3)

decimillillion=10^(3*10000+3)

undecimillillion=10^(3*11000+3)

vigintimillillion=10^(3*20000+3)

trigintimillillion=10^(3*30000+3)

centimillillion=10^(3*100000+3)

micrillion=10^(3*1000000+3)

『最後だけ、millillionで終わっていないことに注意してください』

「なぜそうなるんですか?」

『この系列では、milliを複数重ねることを避けて、100万に対して専用の数詞が使われています。decillionのdeciが10、centillionのcentiが100、millillionのmilliが1000を表しているので、100万はmicroだと考えたのです』

「マイクロは100万分の1のはずなのに、なぜそれが100万に使われているんですか?」

『マイクロやメガといったSI接頭辞では、deciは10分の1、centiは100分の1、milliは1000分の1を表しています。これらがそれぞれ10、100、1000を表すのに使われているので、100万に対応する数詞はSI接頭辞で100万分の1を表すmicroが使われています』

「なんだか・・・混乱しそうですね」

『数の大きさがかなり違うので混乱することはないと思いますよ』

「そうですかね・・・」


僕たちがこうして話していると、車内アナウンスが聞こえてきた。


〔次は、ナニリオン、ナニリオンです〕

『これもさっきのマイクリリオンと同様に、nanoにillionが付いて10^(10^9+3)を表しています』

「ナノが10^-9なので、イリオンをつける時は10^9の意味になるんですよね」

『はい。10^-9を意味するナノが、10^9として使われています』

電車はナニリオンの駅に止まったが、特に何も面白いことは起こらず、乗降客もいなかった。


だが、発車後の車内アナウンスは驚くべきものだった。

〔次は、トレセントレトリギンミリアミリアミリアトレセントレトリギンミリアミリアトレセントレトリギンミリアトレセンデュオトリギンティリオンです〕


「ふぁっ!?」

僕はその長い駅名に言葉を失った。

『これもミリミリリオンと同じ系列の数ですね』

「えっちょっ待ってください」

『まず、最初のトレセントレトリギンの部分はトレセントが300、トレが3、トリギンが30という意味です。この系列では3桁の数は100、1、10の位の順序で数詞を並べて表現します』

彼女はいつものように数の説明を始めようとしている。

「あの、紙に書いて説明してもらえますか」

『はい』

彼女はノートにその長い駅名をすらすらと書く。こんなに長い駅名を覚えているのだろうか。駅名は2行にまたがって書かれている。

trecentretriginmilliamilliamilliatrecentretriginmilliamillia-

trecentretriginmilliatrecenduotrigintillion

『このままだとわかりにくいので、わかりやすいように書き直しますね』

trecen tre trigin millia millia millia

trecen tre trigin millia millia

trecen tre trigin millia

trecen duo trigint illion

かなり見やすくなった。こう書くと何かの詩のようにも見える。これが16世紀の有名人が書いた四行詩だと言われてもそれほど驚かないだろう。僕を驚かせるのは、これが1つの数を表しているということだ。

『1行目から見ていきましょう。まず、trecenは300、treは3、triginは30という意味です。つまり、trecentretriginで333を意味します。そして、milliaは1000という意味ですから、1行目全体では333*1000*1000*1000、すなわち333,000,000,000を意味することになります』

「わかりました」

『2行目も同様に考えて、333*1000*1000、つまり333,000,000となります』

「ということは、3行目は333,000ですか」

『そうです。最後に4行目ですが、trecenはさっきと同じように300、duoは2、trigintは30を表すので、最初の3つの単語で332を表します』

「333ではないのですね」

『はい。最後だけは332となっています。これにillionがつくので、"それまでのものを全部合わせた数を3倍して3を足した数だけゼロが並ぶ"ということになります』

「もう少し詳しく言ってください」

『illionはその前の数全体にかかっているので、ここまでの数をすべて足した333,333,333,332に対してillionを適用することになります。すると、この数は10^(3*333,333,333,332+3)、すなわち10^999,999,999,999となります』

そういいながら、彼女はさっきの四行詩の右に付け加えた。

trecen tre trigin millia millia millia → 333,000,000,000

trecen tre trigin millia millia → 333,000,000

trecen tre trigin millia → 333,000

trecen duo trigint illion → 332

合計 333,333,333,332

→10^(3*333,333,333,332+3)=10^999,999,999,999

「ああ、これでわかりました」


〔まもなく、トレセントレトリギンミリアミリアミリアトレセントレトリギンミリアミリアトレセントレトリギンミリアトレセンデュオトリギンティリオンです〕

『ちなみに、もっと長くすることもできますよ』

彼女は1行目の上の余白にいくつかの行を付け加える。彼女は楽しそうだ。

trecen tre trigin millia millia millia millia millia millia

trecen tre trigin millia millia millia millia millia

trecen tre trigin millia millia millia millia

trecen tre trigin millia millia millia

trecen tre trigin millia millia

trecen tre trigin millia

trecen duo trigint illion

僕がやめてくださいと言うまで、彼女は書き続けていた。



しばらくして、電車はこの長い名前の駅に止まった。僕は車内から駅名標を眺める。そこにはこの長い名前が1行で書かれている。僕はこれを頭の中で区切る。ちょうど区切り終わったくらいのタイミングで、電車はまた動き出した。

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