第7話 上二階鉄道(前編)

電車はグーゴルに着いた。かなり大きい駅のようだ。視認できる範囲内だけでも縦横に30メートルは続いている。天井も5メートルくらいはありそうだ。


『ここで乗り換えます。3ミラーしかないので、急いでください』

彼女は僕の手を引っ張る。彼女は駅構内を駆ける。僕は引きずられる。


「どこへ向かうんですか」

『上二階鉄道の、17番ホームです!』

彼女はスピードを落とそうとしない。周りにはたくさんの店が出ている。そういえば、こんなに多くの人を見たのはこの世界では初めてかもしれない。


電車の発車ブザーが聞こえる。

『急いでください!あと100ミリアンしかないですよ!』

ミリアンって何だ?とにかく、そんなことはどうでもいい。今は電車に向かって全速力で走るしかない。


僕たちは、ぎりぎりのところで電車に入ることが出来た。

『なんとか、間に合ったみたいですね』

「そうみたいですね」

『本当に、ここの鉄道はダイヤがおかしいですよ』

「確かにもう少し時間は欲しいですね」

『それに、1本逃すと70ミラー待たないといけないんですよ』

70ミラーというと、1ミラーは80秒だから、5600秒、つまり93分だから・・・1時間半!?

僕のいた地域は田舎だったが、それでも電車は約40分に1本来ていたのでここは相当電車が少ないのだろう。


しばらくして落ち着いてから、僕は前のディスプレイを見た。

現在地: 1. 618 033 988 * 10^120

次の駅: 1. 000 000 000 * 10^303

停車まで: 6#25


明らかに、さっきよりも速くなっている。さっきは兆あたりからほぼ1万倍ずつで停車していたのに、この電車は10^303まで止まらないらしい。


「この電車、速いですね」

『はい。電車の速さは、それぞれの路線によって全く異なります。もっと速いのもありますよ』

「というと、どれくらい速いんですか」

『中には、指数では表せないほど速いものもありますよ』

「それは、すごいですね」

『でも、それは着いてからのお楽しみということで』


{高精度、100万桁計算機はいかがですか}

車内を売り子が歩いている。しかし、電車で計算機を売るなんて、やはりこの世界は何かがおかしい。普通、電車の中で売られているものといったら食べ物のはずだが、なぜかここでは計算機を売っているようだ。


〔次は、センチュリオン、センチュリオンです〕

「センチュリオン?」

『はい。ここで一度英語の数詞について確認しておきますね』

「お願いします」

『まず、英語の数詞にはロングスケールとショートスケールがありますが、ここではショートスケールを考えることにします。現在の英語圏では、ロングスケールはほとんど使われなくなりましたから』

「ロングとショートは、何が違うんですか?」

『ロングスケールは6桁ごと、ショートスケールは3桁ごとに桁を区切ります。つまり、こんなふうになります』

  ショートスケール    数詞    ロングスケール

     10^6      million       10^6

     10^9      billion       10^12

     10^12      trillion       10^18

     10^15      quadrillion     10^24

     10^18      quintillion     10^30

     10^21      sextillion      10^36

     10^24      septillion      10^42

     10^27      octillion      10^48

     10^30      nonillion      10^54

     10^33      decillion      10^60

センチュリオンは、どちらなんですか?」

『次の駅のセンチュリオンは、ショートスケールです。センチは100という意味なので、ショートスケールの系列の100番目の数、つまり10^303になります』


〔まもなく、センチュリオン、センチュリオンです〕


そして僕たちはセンチュリオン、つまり10^303に着いた。しばらくして、電車はまた動き出す。


〔次は、ファクシュル、ファクシュルです。ファクシュルは、200の階乗です〕


「200の階乗というと、1から200まですべて掛けるんですよね」

『はい。小さい数で言うと、3の階乗は1×2×3で6、5の階乗は1×2×3×4×5で120です』

「それを200までかけたら、ものすごい数になりませんか」

『掛け算なのでそれほど大きくなりません。ディスプレイを見てください』

現在地: 3. 156 072 334 * 10^314

次の駅: 7. 886 578 673 * 10^374

停車まで: 1#16


「意外と小さいですね。もっと1000桁ぐらいになると思っていました」

『200の階乗は200^200より小さく、常用対数を使って計算すると

log_10(200^200)

=200log_10(200)

=200*2.3010

=460.20

となるので、500桁より小さいことがわかります』


〔まもなく、ファクシュル、ファクシュルです〕


電車はファクシュルに着いた。さっきの駅を出てから2分ぐらいしか経っていない。そこは無人駅らしく、誰も乗り降りしないようである。そして、また発車する。


〔次は、グーゴルチャイム、グーゴルチャイムです〕


『少し解説しておきましょう。チャイムは、ここでは"指数のタワーの一番上を10倍する"という意味です』

「つまりどういうことですか」

『グーゴルは10^100なので、グーゴルチャイムは一番上の100が1000になって10^1000です』

「ほかの例もあるんですか」

『はい。グーゴルプレックスは10^10^100で、グーゴルプレックシチャイムは10^10^1000です』

「10^10^1000って・・・右から計算するんですよね」

『はい。ですから、この数は1の後に10^1000個の0が続くことになります』

「なんか・・・ものすごいですね」

『でも私たちはもっと大きいところへ行きますよ!』

「具体的には、どこまで行くんですか?」

『この世界が続く限り、とこまでもです!私たちは、世界の端を探しているのですから!』

「本当に、端はあるんですか?」

『はい。そのことは確かなのですが、それはとても遠くにあります。だから、私たちはこうして端へと向かっているのです』

「端にたどり着くまでには、あとどれくらいかかるんでしょう」

『それは私にもわかりません。あるところより先は、まだ誰も行ったことがありませんから』

「では、人が入ったことのある一番遠い場所はどこですか」

『だいたい・・・ε_0・・・ですかねぇ・・・』

「それは、どれくらい大きいんですか?」

『今の私たちにはこの数はまだ早すぎます。今は、十分に指数レベルの旅を満喫しましょう!』


〔まもなく、グーゴルチャイム、グーゴルチャイムです〕


そして電車はグーゴルチャイム、すなわち10^1000に止まった。

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