Class 5

第16話 多階鉄道(前後編)

僕がアッカーマン関数の展開に見入っていると、彼女が口を開いた。

『怖い話は、好きですか?』

突然のことだったので、僕はしばらく言葉を失った。彼女は追い打ちをかけように言葉をつづける。

『最近、ある怖い話がこの世界で広まっているのですよ』

「それは、どんな話ですか」

『それは、巨大数たんという人の話です。この人も、私たちと同じように大きい数のところへ行こうとしていました』

「ちょっと待ってください。まだ心の準備が出来ていません」

『あ、すみません』


彼女が間を置いてくれた。僕はふう、と深呼吸して心情を整える。


『よいですか?』

「では、お願いします」

そして怪談が始まった。


『これは、巨大数たんという人の話です。巨大数たんは、ちょうど私たちがいるあたりから、大きな数を目指しました。巨大数たんもやはり、私たちと同じように鉄道で行こうとしました。しかし、どの鉄道でも大きい数に行けるのは間違いないからと、巨大数たんはその時丁度駅に着いた電車に乗ってしまいました。それは、今ではほとんど誰も乗らず、廃線が検討されている腐乱フラン鉄道と呼ばれている鉄道、それも終電でした。そんなことを知らなかった巨大数たんは、電車の中が空いているからと、適当なところに座って巨大数研究Wikiを眺めていました。そして、しばらくすると、奇妙なことに気がづいたのです。電車が40ミラー経っても止まらないのです。これはおかしいと思った巨大数たんは、巨大数研究Wikiの掲示板で質問してみることにしました。しかし、誰も答えてはくれませんでした。しばらくして、電車が止まりましたが、そこはなんと6だったのです。しかし、巨大数たんは、時間さえかければ大きいところに行けるはずだからと、そのまま乗り続けました。すると今度は、5に止まりました。それでも巨大数たんは鉄道を信じて、降りずに乗り続けました。そんな巨大数たんを突然の眠気が襲い、そのまま巨大数たんは巨大数研究Wikiを開いているタブレットに突っ伏して寝てしまいました。そして、次に目を覚ました時には、巨大数たんはここではない別の世界にいて、今もその世界をさまよっていると言われています...』

「それは怖いですね」

『はい。電車は行き先を確かめてから乗るように、という教訓があります』

「ところで、巨大数研究Wikiとは何ですか?」

『インターネット上のサイトで、巨大数の百科事典のようなものです。この世界の鉄道の駅情報も、ここに載っています』

「今ここで見せられますか?」

『はい。これです』

そう言うと、彼女はタブレットを操作して、僕にその画面を見せた。画面には背景が緑色のウェブサイトが表示されている。「巨大数研究Wiki」と大きく書いてあるから、きっとこれがそうなのだろう。

『例えば、このリンクから記事に飛べます』

彼女はグーゴルと書かれたリンクをタップする。グーゴルに関するいろいろな情報が画面に映る。グーゴルが10^100であるという定義の記述、数学的性質、グーゴルという単語の語源、そしてグーゴルに止まる鉄道路線のリストだ。

「これは・・・すごいですね」

『はい。たくさんの人の共同編集により、これほどの情報が得られるようになりました』

「ということは、僕たちがどこに向かっているのかもわかるのですね」

『いいえ。ここに載っている情報は多いですが、全てではありません。私たちは、この世界で、まだ知られていない所へ行こうとしているのです』

「それは、どれくらい大きいのですか」

『今の私たちには想像もつかないほど、大きな数です』

「僕が生きている間に、辿り着けるのでしょうか」

『大丈夫です。数が大きくなればなるほど、どんどん速く移動できるようになりますから』

「それならよいのですが」


僕たちははるか遠くの景色を想像しながら、電車と一緒に先へと進んでいった。


〔次は、ミリオンクアドリプレックス、ミリオンクアドリプレックスです〕

『ミリオンクアドリプレックスとは、ミリオンにプレックスを4回施した数という意味です。ミリオンは100万、プレックスはf(x)=10^xを表すので、ミリオンクアドリプレックスは10^10^10^10^1000000となります』


そして想像から醒めた。

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