第7話
教室の中でも、成隆は居ないものとして扱われた。ただひとつだけ家と違ったのは、金口匠の目に留まれば、心ない言葉とともに、クラス全員からつるし上げられることだった。だから教室では、目立たないように意識して居ないものとして振る舞った。授業の合間の小休憩は図書室から借りてきた本を読んだ。給食が終わると三十分の大休憩となるが、輝きの森のアスレチックのない隅の方で本を読んだ。クラスメイトが成隆に声をかけることはまずなかった。
ただ、授業の時間だけは、どうにもならなかった。
国語の授業で、「友だちの良いところ」というテーマで作文を書くこととなった。二人一組で互いの良いところを作文にすると言うものであった。前まではクラスが奇数人数だったので、はみ出された成隆の相手を仕方なく担任が行っていたが、この間転校生が入ってきて、クラスの人数が偶数になると、そういうわけにもいかなくなった。
仲の良い者同士がすぐにペアになっていく中で、話しかけても無視をされ、組む者がなかなか見つからなかった。クラスに慣れない転校生の小夜子と、成隆が、組む者がない者同士、最後まで残ってしまった。他の者はペアが決まって、良いところを見つけるワークに入っているが、クラスでのけ者にされている成隆に声をかけていいものかどうか、小夜子は戸惑っているようだった。
「あ、あの……」
成隆が声をかけても、ぎゅうと目を閉じ、ぴくりと身体を震わせるだけで、何も返事をしようとしない。
「さめしまくんがー、なかのさんをー、いじめよーとしていますー」
その様子を見つけた匠が、大声ではやし立てるものだから、小夜子は泣いてしまった。
「なーかした、なーかした! せーんせーに、いっちゃーろー!」
いじめたことを先生に言いつけると言われても、成隆自体は何もしていない。途方に暮れてしまった。泣きたいのはこちらだが、泣いたら負けな気がして、ぐっと涙をこらえる。
「なかのさん、だいすけとくめよ」
「えっ?」
思いもよらない匠の言葉に、不思議に思ったのは小夜子だけではなかった。
「おれがこいつとくむから」
その匠の言葉に、成隆の身体が小さく震え始めた。止めることができなかった。自分の身体が、自分のものではないかのように震えて止まらない。
小夜子が大介の横に座ったのを確認して、匠がノートを広げる。
「すわれよ。さめしま」
「……………………」
高慢な匠の言葉が、成隆の心に突き刺さる。周囲を見回すが、もうそれぞれのグループで話をしていて、誰も成隆のことなど気にもとめていない。震えはまだ止まらなかったが、何をされるかわかったものではない、重い身体をやっとの思いで動かし、その言葉に従った。
「まずはおれが、お前のいいところをノートに書く」
鉛筆を持った匠が、ニヤリと笑った。
「さめしまくんのいいところは、ひとつもありません」
おもむろに口に出し、ノートに文字を書き付ける匠。成隆の心に、ぐさりと釘が刺さったような痛みが走った。下を向いて唇を噛んで、必死に耐えようとしたが、視界が歪むのを止めることなど不可能だった。
「ひとつもないどころか、わるいところばかりです」
そんな成隆の様子を見ながら、なおも匠は続ける。
「ふくは毎日おなじです。へんなにおいがします。くつはまっくろで、くつしたはかたほうありません」
周囲からクスクスと笑い声があがった。耐えきれなくて、ぽたりと教科書の上に涙が落ちた。
「コラ! 金口くん! まじめにやりなさい!」
担任がようやく気がついて、匠を注意した。が、それだけだった。すぐに次のグループの様子を見に移ってしまった。
「つぎはお前だぞ、さめしま。おれのいいところ、いっぱい書けよ」
「……ヒック」
もう授業どころではなかった。だが、鉛筆も持てない成隆を、匠はさらに追いつめる。
「おいさめしま、じゅぎょうちゅうだぜ、まじめにやれよ」
大きな匠の声が、耳に入ったらしい。クラスメイトの間でまた笑い声があがる。その声すら、成隆を絶望の淵に追い込む。担任の背中は、もう成隆たちの席からは遠い。二人の様子になど気が付いていない。この世界に、成隆を気にしている人間など、いやしないのだ。ただの一人だって。
気がついたらもうダメだった。身体の奥底から寒気が駆けあがってきて、胃の中のものを吐きそうになる。
「早く書けっていってるだろ!」
匠の大声と、チャイムが鳴るのが同時だった。
「はい、そこまで」
助かったと成隆は思った。
「残りは次の国語の時間にします」
担任の声がして、匠がちえっとうそぶいたのを、成隆は聞かないふりをした。とにかく、早く逃げ出したかった。成隆にとって渡りに船だったことに、今日はこの国語の時間で終わりである。匠も早く帰りたいらしく、すぐに成隆から興味をなくして、帰りの会の準備を始めた。
帰りの会が終わるとすぐに、匠は大介と信二と一緒に出ていった。野球の約束があるらしい。成隆は見つからないように、教室を出た。
幸い、匠たちには見つからなかったが、別の人物に見つかった。
「なるたかっ」
昇降口で靴をはきかえている源太だった。
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