第4話
「これつかえよ」
源太が、体を洗うためのナイロンタオルと石鹸を差し出したので、成隆は素直に受け取り二人に続いて中へと入った。
四角い空間の真ん中に、小判型の浴槽が一つだけ、どんと作られていた。よく見ると中が二つに区切られていて、片方は泡がぼこぼこと吹き出していた。風呂が泡立っているところをこれまた初めて見た成隆は不思議そうにそれを見つめていた。その大きな浴槽を取り囲むように、壁際に鏡とシャワーが取り付けられており、栄が一つおきに黄色い風呂桶と緑のイスを並べていた。
並べ終わったら、そのうちの一つを使って、栄が頭を洗い始めた。
その隣で体を洗おうと、成隆もイスに腰掛けた。シャワーを使おうと思って、はたと気がつく。家のシャワーとは勝手が違う。昔ながらの銭湯で設備がやや古いのか、シャワーの口のすぐ横に水道の蛇口が取り付けられており、家のシャワーのようにホースはついていなかった。温度調節をする機能も付いておらず、冷たい水が出てきたらどうしようと一瞬思ったが、蛇口をひねるとちょうど良い温度のお湯が出てきて、冷えた体を温めた。
体を洗い、石鹸の泡をざあと流すと、それに気付いた栄がシャンプーを持って成隆に近付いた。
「なるる、じっとしてろよ?」
「えっ?」
成隆が返事をする前に栄が泡立てたシャンプーを頭の上でがしがしとやるものだから、成隆はもう少しでバランスを崩し転ぶところだった。おとなしくしていると、ぷにぷにとした指先が地肌を少し強めに揉んできて、すごく気持ちが良かった。指の動きと同じように、頭の上の泡がゆらゆらと動く様が、とてもおもしろかった。
やがて湯船の湯を風呂桶一杯に汲んで、ざばあと上からぶっかけられると、泡はあっという間に流れて消えた。
「さて、入るか」
栄が湯船に浸かり中から手招きするので、成隆は素直に後に続いた。中は階段で段差がついており、かなり深く、一番深いところは成隆の身長では溺れてしまいそうだった。怖くて階段の二つ目に腰掛けると、隣に源太がやってきた。栄は大きいので、深いところでも足がつく。反対側に渡り、二人とは対面になるよう階段に腰掛けた。
「二人とも同じクラスなの?」
栄の言葉に、んーんと、源太が首を振った。
「となりのクラスなんだよ。今までしゃべったことなかったけど、ちっちゃいさめしまくんって、みんな知ってるよ? な? なるたかっ」
いきなり話をふられて、成隆はなんと答えたらいいかわからず黙っていると。
「バカ、そんなこと本人が知ってるわけないだろ?」
「バカっていうほうがバカなんですー」
「お前今二回バカって言った! お前の方がバカだ!」
「兄ちゃんだってバカっていった!」
「バーカバーカ、バカ源太!」
栄が挑発するように笑うので、怒った源太が、湯を栄にかける。
「うわ、やったな!」
栄もおかえしとばかりに湯をかけるので、隣にいた成隆にまでかかってしまい、成隆は身を守るように頭を抱えた。
「兄ちゃん、なるたかにまでかかったじゃん!」
「知るか、なるるもな、男ならかけ返せよ!」
「知らないよぉ」
栄と源太が笑いながら暴れるので、成隆は揺れる湯から逃げるのに精一杯だった。狭い湯船の中、逃げ場はなかったが。ざばんざばんと上に下に踊る湯に合わせて、白い湯気が立ちこめた。
「こらあ! 栄! 源太ァ! 暴れんじゃないの! お湯が減る!」
がらがらと大きな音を立てて、母親が入ってきた。
「ごめんなさーい!」
「ホラ、なるたかもあやまれって!」
「成隆も謝れって、暴れてたのはあんたら二人でしょーがっ! バカ源太!」
「ごめんなさーい」
「もうっ、いいからあがりなさい。そろそろお客さんが来るから」
母親の言葉で、三人は風呂から上がった。成隆の小さな体を、母親が拭いてくれた。太陽のにおいのする、ふわふわのバスタオルだった。
「成隆くん、ごめんね、さっき服洗濯したばっかりだからとりあえずこれ着てて。源太ので悪いけど」
そういって差し出されたシャツとズボンは、成隆にはやや大きく着てみるとだぼだぼだったが。こちらもタオルと同じ太陽のにおいがして、成隆は気に入ってしまった。
「ありがとう……ございます」
「あら、ちゃんとお礼が言えて偉い子ね?」
「ちぇーっ。母ちゃんなるたかばっかほめて」
「あらぁ? ヤキモチ?」
源太の言葉に、母がニヤニヤと笑うと、ぷうと頬を膨らませた。その様子が面白くて成隆が笑うと、母は目を細めた。
「ようやく笑ったね。よしよし、服が乾くまでもうちょっと待ってね」
銭湯の開店時間となり、三人は再び二階へと上がった。
台所から、カレーのいいにおいが漂ってきていて、誰のものともわからない腹の音がぐうと鳴った。
「ばあちゃん、なるるも夕飯食べてっていい?」
「ああ、そうするといいよ。おうちにはばあちゃんが電話しといてあげようね」
栄の言葉に、台所から祖母が返事する。エプロンの端で手を拭い拭い居間へやってきた。
「電話番号、何番?」
「あの、たぶん、家、だれもいません……」
最後は消え入るような声に、祖母と栄が顔を見合わせる。成隆は真っ赤になってうつむいてしまった。
「うち……りこんして……父さん、いないから……」
やっとのことでそれだけ聞き取ると、合点が行ったと、祖母が微笑んだ。
「成くん、もしかしたらお母さんが帰ってきてて、心配しとったらいけんからね。一応、おうちに電話してみようね」
言い聞かせるような言葉に、成隆は頷いて、電話番号を口にした。
祖母が電話してみるも、やはり留守だったようで、誰も出なかった。
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