第5話
「ばあちゃんがおうちの人には良く謝っておくから。成ちゃんもカレーおあがり」
「……はい」
炊き立てご飯に、温かいカレー。とてもおいしそうだ。と、思った瞬間に成隆のお腹がくぅと鳴った。
「おあがり」
「いただっきまーす」
「いただきます」
ちゃぶ台に湯気の立ったカレーが三つ、並んだ。元気な声とともに、それが小さな口へと運ばれていく。源太と栄は勢い良かったが、成隆は少しずつ。カレーには成隆の嫌いな茄子が入っていたが、不思議と食べることができた。
「ちょっとずつでいいから、食べんさいね。おいしい?」
「はい」
「良かった、お口にあって」
「ばーちゃん、おかわりっ」
「あっ、オレもっ! おかわりっ!」
「はいはい。今よそうからね」
勢い良く差し出された皿に、カレーが盛られる。祖母は嬉しそうにカレーをたくさん盛る。栄も源太も嬉しそうだった。その様子を見て、成隆の胸が締め付けられるように暖かくなった。
「あっ、なるたかっ。ないてる?」
「なっ、ないてないよっ」
涙が出てきたのを知られたくなくて、首をぶんぶんと勢い良く振る。シャツの端でごしごしとこすると、涙はどこかへ消えて、成隆はほっと胸をなで下ろした。何故、泣いたのか、自分ではよくわからなかった。ただ、さっきまで一人きりで苦しくて泣いていたのが、今は嘘のようにあったかくて、ふわふわ気分が軽くなって、嬉しくて。
「お、ばーさん。今日はカレーかい?」
祖父が帰ってきて。お皿がもう一つ増えた。
「あー腹減った。なんだ、今日はちっさいお客さんもいるのか」
「じーちゃん、なるだよっ。となりのクラスの」
「おーなるか。なんだ、源太と同級生なのにチビっこだなぁ。しっかり食べてけよ? 大きくなれないぞ?」
「ただいまー。おっ? 友だち?」
「父ちゃん!」
スーツ姿の父も帰ってきて、小さなちゃぶ台は五人座るとさすがにぎゅうぎゅうだったが。隣に座った源太と栄がふざけて笑う度にくっついてきて、なんだかそれがとても楽しくて、不思議と嫌ではなかった。カレーも普通のカレーなのに、にぎやかに食べるカレーは、いつもよりも何倍もおいしかった。
やがて服も乾いて、帰宅することとなった。約束通り祖母が成隆の家までついてきてくれたが、小さなアパートの二階の部屋は、予想通り、電気もついておらず、中は無人だった。
「お母さん、まだ帰ってこんの?」
「まだ八時だし……早くて九時くらいだと思います」
「まあ、そんな時間まで一人なん? 心配じゃわー。これ、うちの番号ね。何かあったら、電話するんよ?」
しきりと心配する祖母が成隆の母宛てに置き手紙まで残してくれた。何度も何度も「電話をくれ」と念を押され、成隆は何度も何度もお礼を言った。
「ありがとう、おばあちゃん」
「成ちゃん、私のこと、本当のおばあちゃんと思って頼ってくれてええけんね?」
「うん……」
後ろ髪を引かれつつも祖母が家を後にしたのは、八時半過ぎだった。姿が見えなくなったら、途端に部屋の中から音が消えて、成隆は世界から取り残されたような気持ちに支配された。あんなに楽しかったのに、急に風船がしぼんだようにしょんぼりと気持ちが小さくなって、色が消えた。鮫島の家に家具が少ないせいだけではないはずだ。
コチコチコチ。
コチコチコチ。
時計の音がやけに大きく聞こえた。それに気付いた途端、何かから逃げるように成隆はランドセルから教科書ノートを引っ張りだした。
(しゅくだい、やろ……)
何かに集中していれば、この気持ちからは目をそらせるはずだ。そう思って、成隆は計算問題ページを開く。
一心不乱に、問題を解いたせいで、宿題はすぐに終わってしまった。
母は、まだ、帰ってこなかった。お腹が一杯、お風呂に入って体も温まりふわふわとした先程までの心地よさは、とっくの昔にどこかへ消えてしまっていた。
母に、会いたい。
成隆はそう思った。いつも帰ってくるのはもう少し後だとわかっていても、その気持ちを抑えることはできなかった。
長い夜だった。いつにも増して。
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