第9話

 居間の横の階段から、風呂へと向かう。この間と同様にかごへ服を詰め込み、お風呂へ直行した。

 身体を洗い、湯船につかる。源太の横に座ると、源太がニヤリと笑った。


「なるって、ちっちぇーなぁー」

「そうかな……」

「うん、からだもだけど、ちんちんもちっちぇー!」


 そう言って源太がきゅっと握ってくるものだから、


「ひゃあああ!」


 成隆は思わず悲鳴を上げてしまった。


「あはははははは!」


 声を上げて笑う源太。


「や、やめてよぉ!」

「おれのもさわっていーぜぇー! 兄ちゃんのには負けるけどさ、けっこーでっかいとおもうぜぇ!」

「うう、いいよぉ……ちんちんなんかでっかくなくてもいいもんっ」

「あ、なるたか、負けおしみだろっ。男らしくねぇー!」


 不意に誰にもさわられたことのないところをさわられて、成隆は涙目になる。源太はまだけらけらと笑っていた。


「こらっ! 源太! 成隆くん! ウルサイ!」

「ぎゃー母ちゃんだー!」

「ご、ごめんなさいっ」

「ホラ、そろそろ開けるから、あがっちゃいなさい」

「はーいっ」


 今日も、風呂に入っている間に、成隆の服を洗濯してくれているらしい。源太の服を借りた。


「今日のばんごはんはなにかなー」

「おや、なるちゃん。お風呂あがったんだね。今日もごはんおあがんなさいね」


 祖母が、鍋を抱えて戻ってきていた。


「豆腐買ってきたからね。できたてだから冷や奴にしようね」

「とうふ?」


 豆腐と言えば味噌汁に入ったものしか見たことのない成隆は、興味津々で鍋を覗いた。握り拳よりも大きな四角い豆腐が、水にぷかぷかと浮いていた。


「なんだよ、なる、とうふ見たことないの?」

「見たことはあるけど……こんなに大きいのは見たことないよ」

「三崎商店の豆腐は天下一品だからねぇ。できたては奴で食べるのが一番おいしいんよ。源太、なるちゃん、裏の庭から、ネギとってきてくれんかね?」

「うんっ」


 裏庭のプランターからネギをとってきて、成隆はそのまま夕飯の手伝いをした。源太は祖父に呼ばれて裏にある銭湯のボイラーの手伝いに回った。

 成隆は慣れない手つきで夕飯の手伝いをしながら、祖母といろいろな話をした。

 銭湯の名前は「都湯」といって、祖母の名前「都」からとったこと。それは祖父が若い頃につけたこと。栄や源太が生まれたときのこと。それから……成隆の家のこと。

 祖母は、成隆の話を一生懸命聞いてくれた。最後まで聞いた後、


「よくがんばったね」


 と、頭を撫でてくれた。


「なるちゃん、人はね、誰かに望まれて生まれてくるものなんよ。なるちゃんの場合は、もしかしたらそれがお父さんやお母さんじゃないかもしれんけど。でも、どこかに、きっとなるちゃんのことをきっと必要としてくれる人が居る。

 なるちゃんはもしかしたら、自分はもういらない子って思ってるかもしれんけどね。少なくとも、おばあちゃんは今、なるちゃんに居てほしいと思っとるよ」


 泣きそうだった。学校でも、家でも、自分は居ないものとして振る舞っていたのに。居てもいい、居てほしいと思われているなんて。


「ぼくのこと、のぞんでくれるひと、いるかな……」

「大丈夫、おばあちゃんの言ったことが、今にわかる日がくるけん。心配せんと、大人になりんさいね」


 一番ほしかった言葉をもらえて、成隆は嬉しくなって頷いた。なぜあの時、源太が声をかけてくれたのだろうと、成隆は疑問に思っていたのだが。なるほど、この祖母に育てられれば、真っ直ぐな優しい子に育つに違いない。強引だが同じく優しい母、力強い祖父、父。元気な兄。こんな家族に囲まれてみたい、成隆はそう思った。


 肉じゃがと冷や奴、味噌汁とご飯という質素だが腹にたまる夕飯をご馳走になって、成隆は一人家に戻った。午後八時頃だった。

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