第11話

「どこいくの? もう夜遅いよ?」

「つ、つかもと……くん……」


 祖母に似た、優しい響きの声。まっすぐに成隆を見つめる、優しい視線。源太の瞳の奥に、成隆の顔が映った気がした。

 その瞬間。ついさっき、夕飯前にもらったあの言葉を思い出し、再び成隆の涙が止まらなくなった。


「うわああああん!」

「どうしたんだよ? なるたかぁ……」


 今まで元に戻ると信じて我慢していたこと。我慢をすれば過ぎていくと思っていた心ない言葉。もう我慢することなど、できなかった。涙と一緒に、今まで心の奥底にたまっていた言い表せない感情が、とめどもなく溢れてきた。

 源太が頭を撫でても、手をつないでも、成隆の涙を止めることはできなかった。どうしたらいいかわからず、困ったように成隆を見つめていた源太だったが、自分にはこれ以上何もできることがないと悟ると、じわりと涙が出てきて。ついに、成隆と一緒に泣き出してしまった。


 公園に、二人分の泣き声が響いた。


 どれくらいの時間が経ったのかはわからなかった。

 もうこれ以上ないと言うほど泣きわめいた後、一緒に泣いていた源太を見て、成隆は驚いた。源太が泣くとは思ってもみなかった。びっくりしすぎて、涙がぴたりと止まったほどだ。


「な……んで、ないてるの……?」


 ひっくひっくとしゃくりあげる源太を、手をつないだまま、問うた。


「だって……なるたかが苦しんでるのに、おれ、なにもできない」


 まさかそんな言葉がでてくるとは思わなかった。


「なるたか、つらかったんだろ? そんなにないてるところ、見たことないよ」

「……え?」

「なるたかが、かなくちとかに、いじめられててもさ、ないてなかった。すごくがまんしてた。おれ、声をかけたかったけど、なかなかかけられなかった」


 源太のその言葉に、成隆の心臓がどきりと鳴った。誰も見ていないと思っていた。成隆のことを見てくれる人がいるなんて。

 つないだ手から、源太の緊張が伝わってきて、成隆の心臓がどきどきと早くなる。


「でもさ。おれ、きめたから」

「なに……」

「おれ、ずっと、なるたかのそばにいるからね。なるたかがさみしかったら、おれのことよんで。いっしょにあそんだりとかしか、できないけど。ね?」


 そう言ってもらえるだけで、十分だった。


「あっ……りがと、つかもとくん、ありがと……!」





 その後。

 明るくなってから源太の両親とともに成隆は自宅へと戻ったが、有美子の姿はどこにもなかった。成隆は塚本家へ留まることとなり、数日待ってみたが、ついぞ有美子が戻ってくることはなかった。

 アパートへは警察が出入りするようになり、現場検証が行われたが、失踪の手がかりになるものは、何一つ見つからなかった。しかし逆に、有美子が育児放棄していたことが明るみに出ることとなり、児童相談所の所員までもが出入りすることとなった。


 成隆も事情聴取された。何人にも同じことを聞かれたが、母が何を思っていたのか、どうしてこんなことになってしまったのか、生きるのに必死だった成隆には何一つ答えることができなかった。そんな機微を知るには、成隆はあまりに幼すぎた。


 警察や児童相談所の調査がひと段落する頃、成隆の引き取り先をどうするかという話が持ち上がった。もう一人を養えるほど都湯は繁盛してはいなかったし、有美子は一人っ子で親戚もおらず、父親の行方も杳として知れなかった。

 施設に入るしかないという話を、成隆は、祖父の手伝いをしている途中、銭湯のボイラーの前で聞いた。小さな庭にひまわりがつぼみをつけた初夏の夕暮れだった。


「ごめんね」


 小さな源太も。

 かわいがってくれた祖母も。


「ごめんね」


 祖父も、両親も、栄も。皆が何度も何度も成隆に謝ったけれど、成隆は恐れ多い気がして何も返事ができなかった。むしろ、こんなによくしてもらったのに。成隆からは、何も返せないことが悲しかった。

 成隆が遠くの町の施設に入ったのは、夏休み初日のことだった。

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