第3話
明美が帰った後、成隆同様に残り物で夕飯を摘んだ匠が、散々恋愛話で二人をからかったものだから、庭での重い空気はどこかへ吹き飛んでしまった。
流れで源太に特定の相手がまだいないことを知り、安堵の息を吐いたところを匠に見つかってしまい、成隆は終始匠に狙われた。
「鮫島って、絶対童貞だろ」
にやにやしながら言われたものだから。
「んなことないって!」
「じゃあ女子とキスしたことあんのかよ?」
「……ないけど」
「よーするに童貞じゃねーか!」
勇んで否定すればするほど墓穴を掘る。どこまで気付いているのか、すれすれの質問ばかり源太の前で答えさせられ、成隆の顔は真っ赤になるやら真っ青になるやら、忙しかった。ただ、源太の顔に笑顔が戻ったことだけは匠に感謝せざるを得なかった。
「でもコイツ、素股知ってた」
「何、お前らでも猥談すんの」
「そりゃするよ、たまには」
「へー、意外だな。お前ら……つか鮫島がだな、真面目だし、ストイックでオナニーもしないとかなのだとばかり」
匠は言いながら、にやにやと成隆を見やる。それに気付いた源太が同じようににやにやしてくるものだから、もうどうとでもなれと、成隆は天井を仰いだ。
「最近遅いな、金口。仕事上手くいってる?」
「お陰様でな。うれしい悲鳴ってやつだ。これで少しは綾野にきれいなおべべでも着せてやれるってもんだ」
「おべべって……」
「ところで、あの頭のぼんぼんは何だ」
布団にくるまっている綾野の短い髪の毛に、ほぼ無理矢理結われたシュシュを見て、匠は眉を寄せる。
「明美ちゃんだよ。あの子が面白がって、リボンつけたりすんの」
源太がためらいなく「明美ちゃん」と呼んだ瞬間、成隆のずきりと心臓が痛んだ。おそらく顔にも出ている。かなりの重傷らしい。こんなだから、匠にもバレバレなのだろう。
「金口、そんなに忙しいんじゃ今から帰んのしんどいだろ? 今日どうする? 泊まる?」
「んあー、じゃあ、そうするわ。いつも悪いね」
「いんだよ、そんなこと。俺らだって、休みなのに店番とか頼んだりするし。おあいこだろ?」
既に日付を越えて三十分経っていた。ちゃぶ台を片付けて、布団をもう一組綾野の隣に敷き、その日の猥談はお開きとなった。
いつも綾野と匠は居間、成隆と源太は奥の六畳の間に寝る。
「鮫島」
「ん?」
呼び止められ、匠を振り返る。
「あきらめるなよ? お前の心はお前が決めるんだからな?」
力のこもった言葉だった。
「ありがとう。おやすみ、金口」
「ああ、おやすみ」
成隆は源太の隣の布団で、いつもはしばらく様々な煩悩と戦いながら眠りにつくのだが、その日は珍しく、すぐに寝入ってしまった。昼間の炎天下、現場に出て工事指示を出したりしたせいだろう。心地よい疲れが成隆を深い眠りへと誘った。
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