第5話
目の前の光景が、信じられなかった。
どうして、都湯が、燃えているのか?
「おばあちゃん? 匠は?」
「まだ……」
「早く、早く行かなきゃ! それに、綾野ちゃんも……!」
「ダメだよ、成隆! さっき、消防署の人が救助に入った。プロに任せた方がいい!」
「でも!」
行かなければ、都も匠も綾野も死んでしまう。匠は、夢の中にまで出てきて成隆を救おうとしてくれたのだ。それに、ここで誰かが死んでしまったら、また、源太の悲しみに拍車がかかってしまう。
助けに行かなければという思いだけで動こうとした成隆の体に激痛が走った。
「っつ……!」
痛みが息をも止める。
「だから言ったろ? たぶん、どっか怪我してる」
源太が冷静な声で、力の入らなくなった成隆の体を支えた。
「俺たちはあそこから飛び降りて、助かったんだから」
六畳間にあったベランダを見上げる。今は炎に包まれていてその全貌を見ることは出来ないが、恐らくは、源太があそこから成隆を抱えて飛び降りたのだろう。下にはマットレスもなにもなかったはずだ。
「ごめん」
成隆は源太の肩に顔を埋めた。もう、源太の顔が見れなかった。源太があそこからどんな思いで飛び降りたのか、今どんな思いで三人を待っているのか。優しい源太が、心を痛めていないはずがない。
火の手が上がってどれくらいの時間が経過したのだろうか。三人はどれくらい中にいるのだろうか。考えたくもない。
やがて救急車がやってきた。そこへ中から人を抱えて救助隊の人間が出てきて車に乗った。毛布にくるまれていて誰だかわからなかったが、体の大きさからすると都だろう。
「ここの家の人ですか?」
救急車に乗ってやってきた看護師風の男性に言われて、源太が同乗することになった。
「もう一人、まだ救助中の人がいる」
救急車がもう一台来るとのことで、成隆はそちらへ同乗するよう言われた。しばらくして、もう一人抱えられ、中から出てきた。
「匠?」
担架に乗せられた匠は目を閉じたまま、ぴくりとも動かなかった。息をしているのかしていないのかすらわからなかった。やがて救急車がやってきて、匠も成隆も担架に乗せて運ばれた。
横になって、これから病院に行くと思うと安心したのか、体の痛みがぶり返してきた。体の左側だけが痛い。動かすこともできず、次第に変な汗が出てきた。痛みをやり過ごすために寝てしまおうかと考えていた時だった。
「……鮫島」
小さな声がして目を開けると、匠がうっすらと目を開けているのがわかった。話しかけられ、安堵する成隆。良かった、匠は生きている。
「綾野……は?」
そういえば、先に運ばれた源太と都の救急車に綾野はいただろうか。思い出せない。
「ごめん、わからない……」
「そっか……でも……たぶん……だいじょぶだな」
「え?」
「俺より先に……引っ張り出されたし」
匠の声はかすれていて、痛々しく、時折上手く息が出来ないのか大きくせき込んだが、成隆が止めても、話すことを止めようとしなかった。絞り出すように声を出し、精一杯成隆に話しかける。
煙で目も気管支もやられてしまったこと。悪い煙をたくさん吸って動けなくなってしまったこと。意識がかすれていく中で、救助隊が綾野を見つけ出したこと。
「……鮫島、ごめんな」
「何でそんなこと言うんだよ」
「……ごめん」
それだけ言うと、満足したかのように目を閉じた。
「金口?」
様子をうかがおうとした成隆を引きはがすように、扉が開いて担架ごと外に出された。病院に着いたようだった。
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