第8話

「やばっ、遅刻、遅刻っ!」


 二年が過ぎようとしていた。


 経営が安定しだした頃から、源太は都湯の代表として、商店街の会合やらに顔を出すようになった。昼間、成隆には会社があるので、そういう役は専ら源太が出るようになった。


 冬の朝。なかなか暖まらないストーブの前を源太が占領して、ネクタイを結んでいた。普段Tシャツか作業服ばかりの源太は、未だにネクタイが巧く結べないらしい。成隆は都が作ってくれた朝食の味噌汁を飲みながら、見るともなしに眺めていた。


「何やってんの」

「成隆っ、結べないっ」


 遅刻しそうな源太は焦っている。眉をしかめて格闘している姿に、成隆は「バカだな」と前置きしてから汁椀を置く。


「貸してみ?」


 源太の指に絡まっているネクタイをほどくと、慣れた手つきでネクタイを結ぶ。ほぼ毎回なのでもう覚えてしまった。源太は結んでもらう度に真剣に結ぶ手を見ているのだが、なかなか覚えられないらしい。真剣なその眼差しを至近距で見られるのが嫌ではない成隆は毎回手を貸してやる。源太のためにはよくないのかもしれないがやめられない。


「できたっと。男前の完成だ」

「ありがとな、んじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 乱雑にジャケットを羽織り飛び出していく源太を見送ったところで、洗濯物を干し終えた都がやってきた。


「なるちゃん、そろそろ出んと電車遅れるよ?」


 時計を見ると、そろそろ家を出る時間だった。


「片付けるけん、もう行きんさい」

「うん、ありがとう。行ってきます」


 電停で、匠に会った。今日は一限から授業があるようだ。


「おはよう、金口!」


 声をかけられても、ぼんやりしたままの匠。たっぷり一呼吸分の間が空いた後、


「あれ? 鮫島?」


 どうやら成隆のことに気付いていなかったらしい。

 すぐに横川行き電車がやってきた。乗り込むと、すぐに電車が動き出した。


「何か元気ないな?」

「あ、ああ……」

「え?」


 目が泳いでいる。返事しつつも、沈んでいる。匠らしくない。


「良かったら……話くらい聞くけど……?」

「サンキュ。じゃあさ、夕方例のハンバーガーショップな?」

「了解」


 横川駅までの道のりは話し込むには短い。夕方に会う約束をしたところで駅に到着したので、二人はそのまま別れた。


 夕方まで、成隆は気が気ではなかった。あんな匠は初めて見た。心配で心配で、CADを見ながらそわそわしていたのがバレていたらしい。定時が近付いた頃、先輩に「早く行け」と耳打ちされた。

 六時きっかりに事務所を出て、ハンバーガーショップへ向かう。匠は既に来ていて、窓の外を睨みつけるように見つめていた。


(何か……気迫がある……)


 本当にどうしたというのだろうか。


「金口?」

「お、おお。鮫島か」

「どうしたんだよ」



「俺さ……結婚することにした」

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