第8話
成隆と気持ちを通じ合わせたことによって、源太は少しずつ生きる希望を取り戻した。成隆が毎日のように源太にかけていた言葉はまさに効果的だったようで、あの言葉がなければ今も生きる意味を見失ったままだと源太は言った。
ただし、病室でのセックスは、くっつきかけていた骨折部分が離れてしまったことでバレてしまい、源太は医者に、何故か成隆は看護師に、それぞれ怒られた。どうやら、声が盛大に漏れていたようで、看護師たちにまる聞こえだったらしい。今度はそれを聞いた源太に、こっぴどく怒られた。
成隆は落ち着いた頃に、都湯の状況、綾野の状況を源太に話した。源太は薄々気付いていたようで、それなら都湯はもうたたんでしまおうと言った。
「今でもちょっと、気持ちの整理が付いてなくてさ。立て続けに皆いなくなったあそこに戻るの、正直つらいんだ」
源太は笑っていたが、心はまだ、着地点を見つけられずにさまよっているのが手に取るようにわかった。
「土地を売ったら、お金になるでしょ、それで足りない分を払ってしまおう。あそこは曲がりなりにも市内だし、それなりの金額になるだろうし」
急に変わることは無理だろう。これから少しずつでも、失った穴を埋められたらと、成隆は思った。
「ね、成隆」
「ん?」
病室のベッドの上で、源太がまっすぐに成隆を見てくる。
「なに?」
「都湯売ったお金が少し余ったら、さ。二人でちょっと遠くに引っ越さないか?」
「え?」
真剣な表情だった。引っ越すことは源太の中でもう決めたのだろう、視線に迷いがなかった。
「新しい土地で、もう一度、一から人生をスタートさせたい。その時隣に、成隆がいてくれたらって、思うんだ」
「ああ、ついていくよ」
それはまるで、買い物にでもつきあうかのような気楽さで。
「言っただろ? 俺はいつでも源太のそばにいるって」
「会社、やめることになるかもだぞ?」
「かまわないよ。まだ二十代だし、やり直すには何とでもなるだろ」
「昇進するかもだったんだぞ?」
あっさり返事をもらえたことが不安なのだろう。確かめるように、源太が繰り返す。
「……あのなぁ。そんなことに、何の意味もないよ。いくら会社でえらくなったって、源太がそこにいなくて、一緒に喜んでくれないのなら意味ないだろ?」
「うん、ありがと」
「そのかわり、俺も源太の全部をもらうからな。この先、源太が俺に飽きるまで、俺に源太の全部をくれ」
「飽きるわけないじゃん?」
「じゃあ、もらうの一生だな」
言って、二人は笑いあった。
「わがままついでにな、もう一つ頼みを聞いてくれないか」
成隆の言葉に、源太がきょとんと首を傾げる。
「なに?」
「……綾野も、連れていっていいか?」
成隆は、源太が引っ越そうが引っ越すまいが、もう綾野を引き取ることを決めていた。集中治療室から一般病棟に移った今でも、親戚は誰一人として面会にも来ない。このままだと、あの子は物心付く前から施設に入ってしまう。施設は施設で自分を育ててくれたけれど、自分のことは自分で守らなければならない。誰かに守られて育つ幸せを、彼女にも感じて欲しい。
「もちろんだよ」
即答だった。源太は成隆の今までのことを知っているし、家族を亡くす悲しみも知っている。断る理由がなかった。
「三人で、家族になろう?」
「……ありがとう」
やっぱり、源太は成隆の欲しいものをくれる。源太なら受け入れてくれると信じていても、言葉をもらうまでは不安だった。成隆の瞳から、涙が流れた。止めようと思っても、次から次へと溢れて止まらない。
「はは、もう……なるは泣き虫だなぁ」
そう言った源太の方が泣き虫で、今も涙を隠していることを、成隆はもう知っている。
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