承前
幸町
「……だからさ、お前のおむつを代える役は源太だったんだよ」
「ええーっ、初耳」
空き地から小松家へ向かう道すがら、綾野が変な声を出す。
苦しかった思い出と、ふわふわとした幸せが交錯した、小学校から商店街を抜ける道。あの頃苦しかったことも多かったけれど、あんなにいじめられた匠本人とわかりあえるのだ、人生はつらいことばかりではない。今の鮫島にならわかる。辛い思い出こそ、人生を彩るスパイスなのだと。
「なんだよ、いやなのか? でも過去は変えられないからな」
「そうじゃなくてさ、似合わない。そういうのは成パパの役目だとばかり思ってたからさ」
「そうか? 源太って意外とマメだから、おむつ交換うまかったぞ?」
「ふふ、それっていいネタになりそうだね」
「アイツに言ったら、逆に胸張って威張りそうだけどな」
「確かに。源パパは子ども大好きだったもんね。家にきた友だちみんなと仲良くなって一緒に遊んでたし」
懐かしそうに目を細める綾野。
「でも、このへんで遊んだ記憶はないんだよなぁ。もっぱら賀陽の記憶ばっかりで」
幼稚園の庭でブランコをこぐ園児たちの姿を見ても、同じ姿は綾野の中にはなかった。あるのは木々の中、田圃のあぜ道の中を走り回る姿だけ。
「でも、それで良かったと思うよ、俺は」
鮫島のつぶやきが、綾野に届いたかどうか。
「ここだよ、小松さんの家」
「ついに……着いてしまった」
「もうっ。ちゃんと挨拶してよねっ」
小松家は、川沿いから見て一つ中の通りにあった。昔からの二階建ての古民家で、煙突のない都湯のようだった。小さな猫の額のような庭、丁寧に育てられた朝顔の鉢植え。懐かしくて、涙が出そうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます