第3章

第1話

 夜の客層が再び戻り始めたのは、うっかり屋の女子アルバイトが仕事を覚えた頃だった。

 都はめっきり老け込んでしまい、時折寝込むこともあったが、綾野が家にいる時は元気になって色々と世話を焼いた。それが生き甲斐になっているらしく、二人の姿は本当の祖母と孫のようで、綾野がいてくれて良かったと成隆は何度も思った。


 匠は綾野を都湯に預けることに遠慮がちだったが、そのそぶりを見せる度に、源太と都が何度も何度も遊びに来いとしつこいくらいに言い続けた。都湯にとって、匠と小夜子は救世主のようなものなのだ。それを抜きにしても、もう家族といっても良いくらいのつきあいに、遠慮など無用だと思っていた。

 それに、綾野が来れば都湯の中が明るくなる。子は鎹とはよく言ったもので、綾野が無邪気に笑う度に、皆が笑顔を取り戻した。


 綾野は大した病気もせず、すくすくと大きくなった。二歳を越えた頃から歩き始め、今ではぴょこぴょこと歩くようになった。音の出るサンダルがお気に入りで、都と川沿いの遊歩道へ散歩に行くときは、必ずはいた。


「おばあちゃん、今日あやちゃん、いる?」


 バイトの女子大生、明美も綾野にメロメロである。自分が小さな頃に使っていたおもちゃを持ってきたり、リボンや小さなシュシュを持ってきては綾野につけてみたり。都と二人で楽しんでいた。


「明美ちゃん、綾ちゃんのこともいいけど、お店もお願いね」

「はーい!」


 明るくてはきはきとした明美は、その性格からか近所のちょっとしたアイドルだった。夕方早めにやってきて、源太の仕事をよく手伝っているらしい。うっかりミスが時々出るが、愛嬌の良さでカバーしていた。


「ただいま」


 成隆は、横川の会社で中堅のポジションまで上り詰めていた。今期のプロジェクトが上手くいけば、人事異動の結果によっては役職が与えられるかもしれない。それなりの責任ある仕事が任せられるようになり、小夜子がいた頃のようには早く帰れなくなっていた。この日も帰宅は九時を過ぎており、寝ようとしていた都と居間ではち合わせる。


「おかえり、成ちゃん。遅くまでお疲れさまだね」


 カーディガンを羽織り直し、都が台所へ戻ってきて、成隆に夕飯をよそう。今日のおかずは肉じゃがだった。


「ただいま。おばあちゃんが起きてるギリギリに帰ってこれて良かった」


 成隆は都の隣に立ち、吸い物とご飯をよそった。


「源太は?」

「まだボイラーを見とるよ。ご飯食べたら、手伝うてやってね?」

「うん。おばあちゃん、ありがとう。俺なら大丈夫だから、もう休んでな?」

「そうさせてもらうね。明美ちゃん、あの子料理上手で助かるんよ。肉じゃがおいしかったよ」


 都はにっこり笑って奥に消えた。だが、その言葉は、成隆の胸の奥を暗く重くさせた。


(おかしいよな、俺……)


 最初に風呂場でセックス紛いの触り合いをしてから、かなりの時間が過ぎていた。今でも熱に浮かされたようにどちらからともなく行為を始めることがあるが、不思議なことに、恋愛感情に似た気持ちに翻弄されながら行為を続けているのは成隆ばかりで、源太の方は相変わらずふざけ合いの延長だった。少なくとも、成隆にはそう見えた。

 触る度に源太を自分だけのものにしたいという気持ちが高まっていくのだが。今更、好きだとか愛しているだとか、睦言を口にすることははばかられて、未だにキスすらしていない。そもそも、一線を越えて何かになろうというのを阻むような無言の圧力が、二人の間に横たわっていた。


(だいたい、男同士なのに)


 どこから恋愛感情が混じったのか、もう成隆にはわからなかった。最初はただ単純に、大切な人、それだけだった気がする。

 のろのろと箸を動かし、夕飯を終える。明美は確かにいい子だと思うが、女性だから、あまり源太と二人きりになってほしくなかった。

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