第2章
第1話
不動産の広告が好きだった。
間取りが掲載されているチラシをもらってきては、ここにベッド、あっちには本棚、冷蔵庫と洗濯機があって……と、あれこれ想像を膨らませた。
なにより、そこで生活する自分を想像するのが好きだった。
最初の頃は、その想像の部屋に住んでいるのは自分一人だったが、いつの頃からか、同居人が現れた。それも、当初はいるのかいないのか朧気で認識できなかったが、だんだんと人物像がはっきりしてきて、ある時、それが脳内の記憶とぴったり一致した。
(塚本……くん、だ)
成隆の中で、塚本家で過ごした日々は、人格形成の土台になったと言っても過言ではなかった。物心ついたときからすでに両親の仲は悪く家族の思い出はほとんどなかった。そんな成隆が、本当に少しの間ではあったが、本当に家族と呼べる温かい家庭の風景に触れた時間が、塚本家で過ごした時間であった。
脳内の部屋で生活をする源太は、幼い頃の姿のままで。小さな源太と笑いながら一緒にご飯を食べた。
大きくなった源太を、成隆は想像することができなかった。優しくなっているだろうな、とか。背は高いんだろうな、とか。想像することはできても、どれも正解だとはとても思えなくて、最終的に幼い姿のままに落ち着くのであった。
学校や施設の生活の中、どんなにつらいことがあっても、その空想の家に戻りさえすれば、成隆の心は慰められるのであった。
「鮫島君」
「……はい?」
「君、不動産の広告を集めるのが好きだったよね」
「はい」
「CADで図面を描く仕事、興味ない?」
施設の院長からの薦めで鉄塔を建てる会社に就職を決めたのは。勿論間取りを眺めるのが好きなのもあったが、その会社が横川にあったのが決めてとなった。
(都湯の近くに、住めるかも知れない)
勿論すぐには無理だろう。一人暮らしができるほどお金を持っていない。だが、一生懸命に働いて、お金が貯まれば。
(また、みんなに会いたい……)
施設に入る前。最後の最後まで心配してくれた、塚本家の家族。源太や家族は元気にやっているだろうか。
小さな会社で、入社式と呼べるものはなかったが。最初の日のミーティングの帰り道、横川駅から電車に乗り都湯のあった付近まで行ってみようか、本気で悩んだ。市内電車の古ぼけた電停は、本当に電車が来るのか不安ではあったが。
一時間だけ……行って外から様子をちょっとだけ見て、そのまま帰ってくるだけなら。時間があえば行ってみようかな。時刻表を見ようとうろうろしていた、その時だった。
「お兄さん、社会人? もし時間良かったらさぁ、ちょっとつきあわない?」
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