第25話 FREAKS' SHOW ⑧


 シルバーレインが捕まった時、ルスヴン・ファイアアーベントはちょうど二体戦闘用ゴーレムを斬り壊した所だった。


ルスヴンは今の所優位に戦いを進めている。だが、それと同時に懸念も感じていた。


 ウィッチシーカーのホームグラウンドで、圧倒的に人数的不利があり、さらに吸血鬼が万全に力を発揮できない昼間である以上、このまま戦っても勝てる訳がない。


 そしてついにシルバーレインが捕まってしまった。攻撃の手がルスヴンに集中する。


 (昼間に訪れたのは本当に判断ミスだったな……夜間ならどうとでもなったのだが……。しゃくではあるがあの女が来るまで持ち堪えるしかあるまい)


 そう考え、逃げながら持久戦に徹しようとする。だが圧倒的に手数とリソースが足りない。 シルバーレインが捕まった事で魔法を防いだり妨害する役割の者が居なくなり、ウィッチシーカーの魔法使い達は十全に魔法を使える。


 特に厄介なのがパンプルムースという金髪碧眼の魔女術師ウィッチクラフターだ。オリハルコンのチャフによる妨害がなくなった途端、カフェの中をワールドアパート化してきた。そのため周囲の空間が虹色にきらめいており、ユーモラスな顔の生えたティーポットやカップやお皿がピンク色の謎の液体を撒き散らしながら飛び交い、ルスヴンを襲う魔境と化していた。


 赤い血霞となって空中でそれらをかわした所に多方向からの『ジャバウォック』が迫る。この状態で物理的な衝撃波を喰らえば身体は四散し、再生がかなり難しくなる。


 止むを得ず血霞の状態を解除し、地を転がるようにして直撃を避ける。その勢いを利用して敵の魔法使い達の足首を断罪剣でまとめて切断しようとした、そこへ。


 店内放送から綺麗なソプラノの女性の声がした。


「B−AL−A−5 『アバドーン』」


 ルスヴンがちょうど踏み込んだ箇所に、狙い澄ましたように人一人分の大きさの吸い込む渦が発生した。


(!……まずい)


 強引に抵抗レジストする。魔法使いは一度喰らった魔法に耐性が付くため、抵抗レジスト自体は可能だった。だがその間にルスヴンの身体は停止し、そこに隙が生まれた。ここぞとばかりに畳み掛けるように魔法が一斉に放たれた。その中には当然、『ジャバウォック』も含まれる。


(楯を……いや、押し切られるだけだ。ここまでか)


 ルスヴンが半ば観念しながらも断罪剣を構えたその時、


 突如として。


 放たれた魔法のどれよりも速く、ルスヴンに向けてが飛び出し、突き当たる直前でルスヴンごと消えた。ウィッチシーカーの魔法使いの殆どにはそう見えた。彼らが何が起きたか理解する前に、その背後からとん、と小さな足音がして、次いで声が聞こえた。


「おまたせ!お怪我はなかったかしら?」


 落ち着いていながら生命力に満ち溢れた、女性の声だった。ウィッチシーカーの魔法使い達が慌てて振り返ると、一輪の花を連想させる、石神とはまた違った怜悧さを持つ青い髪の美女が、ルスヴンを抱きかかえて不敵な表情で立っていた。いわゆるお姫様抱っこの体勢である。


 ウィッチシーカーの魔法使いは、全員がその人物を知っていた。


 パンプルムースがぽつりと、その人物の名前と来歴を呟く。僅かだが驚きと焦りの混じった声だった。


花散里はなちるさとかなで……!ウィッチシーカーの裏切り者……!」


 花散里は悪戯っ子のような笑顔で小首を傾げ、無言の内に肯定した。


「ひとまず降ろせ」


 ルスヴンは憮然とした表情で言った。


 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 花散里はルスヴンを危機的状況からどうやって助け出したのか。


 魔法など使っていない、種も仕掛けもない、シンプルでつまらない方法だった。


 単に、百戦錬磨であるはずのウィッチシーカーの魔法使いの殆どが目で追いきれないスピードで走って、ルスヴンの所まで近寄って抱え上げ、そのままUターンして魔法の僅かな隙間を通り抜け、かつての同僚たちの背後を取ってみただけである。


 ちなみに花散里がカフェに行く際、石神の根回しによりカフェ店内にテロ予告があったという体で数百m離れた所から規制線が貼られているが、それも誰の目にも止まらない、監視カメラにすら映らないスピードで突破した。、花散里奏にとってそれは容易いことであった。


「少しばかり遅かったのではないか?当初の予定では戦闘になった場合、その時点で貴様が乱入するはずだっただろう」


 降ろされたルスヴンが花散里に文句を言った。


「ごめんごめん。こちらの用事が長引いちゃってね。でもしょうがないじゃない、機械による通信手段全部石神ちゃんにハッキングされるから使えないでしょ?」


「まあいい。礼は言う。どうもありがとう。状況は説明するか?」


「え?この子たち全員ぶちのめせばいいんでしょ?」


「まあ、その通りだ。というより現在進行系でやっているではないか」


 傷ついた箇所を再生しながら、ルスヴンは半ば呆れて言った。花散里が現在何をやっているのかと言うと、たった今素手で殴り壊した、何トンあるのかも分からない戦闘用ゴーレムの残骸を片手でぶん回していた。そのせいで貞岡は一日に二度も壁にめり込んで気絶することになった。


「で、まだやる?」


 花散里はパンプルムースに花のように優しく微笑みかけた。もうウィッチシーカーの魔法使いは数える程しか残っていない。そして花散里は使のだ。パンプルムースは青ざめつつも、唇を噛みしめてキッと花散里を睨みつけた。


 そこへ店内放送が入る。


「やむを得ないですね。皆さん撤退してください」


「あっ石神ちゃんおひさ!元気してた?」


 花散里がそれこそ元気に言った。石神はそれを無視し、ウィッチシーカーの魔法使い全員が耳に入れているインカムに極秘で通信を入れた。


「あえて泳がせます。作戦はフェーズ2に入ります」

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