第11話 スタンドバイミー ⑥

 この世界の終野黒枝ついのくろえ────便宜上黒枝Bと呼ぶ────がヒューマン・イミテーターを調整し、自らの存在と魔法をそれなりの精度で模倣イミテーションさせ、魔導書に組み込んだのが、現在『塔』内部の、ワイヤーフレームで構成された白い線と黒い面だけの世界で、ウィッチシーカーと戦っている少女の正体である。


 少女は再び退屈そうな顔をしていた。


 少女への攻撃はまだ続いていた。床下から刺突攻撃が、上空からは氷山の如き大質量の氷塊がいずれも複数飛んで来るが、現在張っている空間防壁ウィッチカーテンの存在強度は数分前に斬られたものの比ではない。空間防壁ウィッチカーテンには傷一つ付かなかった。つい先程ウィッチシーカーの誰かに召喚され襲いかかったが、哀れにも少女に蜥蜴とかげに変えられてしまったドラゴンを踏み潰しながら少女は憮然として溜め息を吐く。


「それで?多少マシな程度の塵芥ちりあくたで囲めば勝てるとでも思ったの?かなでは?レオンハルトは?     は?何で居ないの舐めてるの?」


 その言葉への返事であるかのように、唐突に少女への攻撃が止まった。


「あら。どうしたのもう終わり?打つ手なくなっちゃった?」


 少女から30m離れた正面の、黒い壁面に白いドアが発生した。そしてそのまま何も起こらない。


 明らかな挑発。


「ふーん。少しは面白くなるかしら」


 どう考えてもこのドアの向こうは、あるいはこのドア自体が罠である。少女は笑顔で額に青筋を立てながら、人差し指を前に出し、軽く払い除ける動作をしようとしたが、直前で思いとどまり、少し考えてから普通に歩いて行ってドアを開けた。


 ドアの向こうには広く短い廊下があり、11人の人物がいた。他に隠れている様子もない。おそらく、これが今回の件の直接戦闘部隊の全員だろう。


「わざわざまとめて殺されにきた事だけは褒めてあげ……アンタ何やってんの!?」


 否、もう一人いた。それは最初から少女の眼に入っていたにも関わらず、あまりにも奇異な状態だったため人間だと気付かなかったのだ。



 廊下の突き当たり。



 壁に描かれた魔法陣に、何故かキリッとした表情の終野澄香ついのすみかが首から下全部めり込んでいた。



「あらかじめ言っておく」


 日本刀を構えた中年の男、常磐木ときわぎが少女に言った。



 少女が反応を返す前に。


 その言葉を合図にしたように終野澄香が高速で魔法陣から射出された。


「!?くっ……!」


 少女は反射的に空間防壁ウィッチカーテン


 ────


「……ッッ!」


 張るのを躊躇ためらった。そこへ高速平行魔法陣射出された終野澄香と勢いよく激突した。


「痛い!」「いたた」


 互いに同等のダメージを受け、その場に倒れこんだ。だが既にダメージを負う覚悟が出来ていた澄香の方が精神的ショックが少ない。のそのそと這いよって黒枝にのしかかった。そこへ。


「『悪魔の揺り籠 ver6.34』」


 モスグリーンのローブのフードを深く被った人物が前に出て、同じくモスグリーンの珠を二人のいる場所に転がした。珠は3秒で何百倍にも大きくなり、二人をすり抜けるようにして飲み込んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ここまでは上手くいった。この後どうなるかは私次第だ。


 貞岡さんという人の魔法の中は、真っ暗で外からの音も聞こえない。無響室にいるかのようだった。


 だが、見えないがすぐ側にいる、この世界の祖母が自らを模して造ったという少女の怒気は伝わってくる。


「こ、こんなものすぐ壊して……」


「あっ、ちょっと待って下さい」


 私は事前に石神さんから預かったレコーダーの再生ボタンを押した。


「『ご機嫌いかがですか?終野黒枝。石神量子いしがみりょうこです。悪魔の揺り籠の破壊を目論んでいる頃かと思い、釈迦に説法ながら助言させて頂きます。あなたなら破壊自体は簡単でしょう。ですが大雑把な貴女に澄香さんを巻き込まないような壊し方ができますか?そして現バージョンの悪魔の揺り籠は破壊された時、呪いが掛かります。ご留意下さい。では、ごゆっくり』」


「!!!……………クソ!!!!」


 ガン、と少女が床を殴ったらしき音がした。しばらくの間荒い呼吸をしていたが、息を整え少し冷静になったらしい。


 そして、私の方を向いた気配がした。少女は私にこう訊いた。


「それで?何がしたいのアンタ」

「話がしたいんです」


 私は居住まいを正し、少女にそう答えた。


「話をしましょう」




 


 

 


 

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