第12話 スタンドバイミー ⑦

「それで?何がしたいのアンタ」


「話をしましょう」


 私、終野澄香ついのすみかは、黒枝Bを模して造られた少女にそう言った。


「ハッ」


 返ってきた返事はそれだけだった。どうやら鼻でわらわれたらしい。


 今私達は、ウィッチシーカーの魔法使い、貞岡さんの魔法『悪魔の揺り籠』の中にいる。真っ暗で何も見えない。だから今少女がどんな顔をしているかは分からない。


「私が言ってるのは今の状況の戦略的意義の事なのだけど。あのアホ共に何を吹き込まれたのかは知った事じゃないけど、アンタ体よく捨て駒にされたのよ?」


 しばらくして、少女はそう言った。

「こんなの完全に運と優しい私の慈悲頼りの奇策じゃない。それがたまたま上手くいったから何?勘違いをしているようだから教えてあげるけど」


 すぐ右隣から可憐な声で囁かれた。


「別に殺しても構わないのよ?」


「そうですか」


 一秒程間があった。同時に右手小指の先に妙な感覚があった。


 爪が剥がされていた。


 真っ赤に染まる指先。遅れてくる激痛。


「────────!!!!!!!!!!」


「ね?私を舐めてるからこういうことになるのよ?私を『塔』に連れてきた功績で特別にこの位で許してあげるわ」


 少女は涼やかさすら感じさせる声で続ける。


「どうせアレでしょ?アンタが下らない話をして時間稼ぎをしてる間に私を倒せる可能性のある大規模術式の準備をするとか、あるいは    を投入するとか────まあ、それは流石にないか。とにかくそんな感じでしょ?そしてアホ共の口車にまんまと乗せられた輪を掛けてアホのアンタは、哀れにもそれに巻き込まれてついでに死ぬわけね。可哀想」


 私は激痛を堪えながら、息絶え絶えに訊いた。


「どういう────ことですか」


「そのままの意味よ。アンタウィッチシーカー側にとってマイナスの不確定要素だからついでに殺されるって意味。もしかして『ウィッチシーカーの人達は私を助けてくれたからいい人だ!』とか思ってた?」


 少女が嗤う気配がした。


「慈悲深い私が愚かで滑稽こっけいなアンタを救って上げてもいいわよ?こんな魔法、ちょっと解析すればすぐ機能停止できる。奴らを殺して『塔』を乗っ取った後は私が飼ってあげる。で、どうするの?」


「……哀れな人」


 私はそう答えた。


 直後に右手薬指の爪が剥がれ飛んだ。


 あまりにも予想通りの反応と、激痛で逆に笑いそうになってしまった。


「……確かに作戦を立てたのは石神さんと常磐木さんです。ですが『悪魔の揺り籠の中で貴方と話したい』というのは、私の提案です。全員に反対されました」


「ああそう。アンタが本物のどうしようもないクソバカなのはよく分かったから、私とアンタが何の話をするのか、哀れな私に教えて下さらないかしら」


「……灰谷君という人がいました」


 私はやっと言いたかった事を話し始めた。


「灰谷君は……魔導書であるあなたと戦ってボロボロになりました」


「で?」


「あなたのせいです。そして、私のせいです。私は彼が戦っている間何も出来なかった。ボロボロになってから彼だけを逃がした。私が死んだら彼の努力は無駄になるのに、それを拒絶してしまった」


「だから?」


「私は一緒に戦うべきだった。あるいは一緒に逃げるべきだった。ずっとずっとそうだった。私は守られてきた」


「……」


「だから私は死ぬ訳にはいかない。おばあちゃんや灰谷君やウィッチシーカーの皆さんが守ってきた事に意味があった事を証明しなくてはならない。色々な事を知らなければならない。生まれてきて良かったと言いたい。

 もう誰も傷つけさせない!侮辱させない!」


 たどたどしく、早口で、無駄に大声の、稚拙な主張だった。


 だけど、それが私の全てだった。


「あ、終わった?もう気は済んだかしら」


「……ウィッチシーカーの人達を殺すつもりですか?」


「当然じゃない。まあ頼み方次第では一人二人は残してあげてもいいけど」


「……この手紙は」


 私は祖母の手紙を出した。


「あなたが祖母を騙して書かせた、あるいは偽造したものですか?」


「何で私がそんなことしなくちゃならないのよ。祖母祖母うるさいのよ、アンタは」



 一瞬、間があった。


「……さあ?」


「分かりました。では、降参して頂けませんか?」


 失笑する気配。


「アンタは時々面白い事を言うわね。誰が誰に降参するって?」


「あなたが、私達にです。……もう勝負はついています」


 少女は何か言おうとしたらしい。だが。


「ゴボッ」


 代わりに口から何か吹き出したかのような音がした。


「な……何よこれ」


「この『悪魔の揺り籠』という魔法、外側からは中の様子が普通に見えるし聞こえるそうです。」


「グボッ……アンタ何したのゴボッ」


 ベチャリと、重い液体が床に落ちる音。


「私ではなく貞岡さんという方です。今ならまだ助かります」


 私は言った。


「もう一度言います。降参して下さい」





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