第13.5話 花瓶のうた
閑静な住宅街にサイレンの音が響き渡る。
そこから少し離れた、小さな森のような庭を持つ一軒の民家の前に救急車が到着した。
民家の外には通報者を含むであろう近隣住民が数人集まっており、何やら話しながら遠巻きに見ている。救急隊員が民家の庭先に入る。そこには一人の老婆が倒れていた。そしてそのそばには、孫娘とおぼしき10代の少女が、老婆に泣きながらめちゃくちゃな心臓マッサージをしていた。救急隊員が心臓マッサージを交代し、別の救急隊員が何かを通報者と孫娘に質問する。
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一連の光景を、その世界からは観測されない、ワールドアパートと呼ばれる場所から観ている者が二人いた。そのワールドアパートは簡素で小さな純白の部屋となっており、一輪の赤い花が挿してある花瓶の載った丸テーブルを挟んで二人は椅子に腰掛けながら、大窓に映る一連の光景を観ていた。
「死んじゃったわね、アンタ。それとも私と呼ぶべきかしら?」
純白の丸テーブルに
「そだなごとどうでもいい。問題は澄香ちゃんだ」
その向かいに座るのは、なんと先程救急車で運ばれて行ったはずの老婆であった。偏屈そうな顔をしかめて、杖を持って椅子に深く腰掛けている。
彼女達は
それぞれ別の世界に存在する、それぞれの世界最強の魔法使いである。
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「で、『泣いた赤鬼作戦』だっけ?」
少女の方の黒枝(黒枝Bと呼称する)が言った。
「面っっっっ倒臭いわね。何?一から『塔』へのガチ対策した魔導書作って?ウィッチシーカーの連中が接触すると自動発動する術式組んで?ヒューマン・イミテーター大量にかき集めて私の劣化コピー程度にはなるように仕込んで?それをアンタの孫に持たせてアンタが死んだら私が私の世界に転移させて?どう転んでもウィッチシーカーが深く関わらざるを得ない状況作って?しかもその孫には危害が及ばないように調整してそれを孫本人には気付かれないようにして?最終的に私もしくはアンタと私を、アンタの孫とウィッチシーカーにとって共通の『憎むべき敵』だという結論になるように誘導する?どんだけやることあるのよ。下準備の段階で何度何もかもブチ壊してやろうかと思ったことか」
「澄香ちゃんを転移させた後はお
老婆の方の黒枝(黒枝Αと呼称する)が答えた。さらに言葉を続ける。
「お
「────危ないわよ」
黒枝Bはそう言った。何故か言い
「
「言ってる私だって信じられないわよ……」
黒枝Bは比喩ではなく頭を抱え、そう言った。少女の容姿に似つかわしくない、弱々しい声だった。
「アイツのヤバさと気持ち悪さは口頭で説明しにくいの。実物見ないとわかんないわよ……
とにかくアンタの世界のアンタの孫は、いくつもいくつも平行世界を探してやっと見つけた白澤光をなんとかできるかもしれない魔女な……
────!」
「!」
その時二人の魔法覚は魔法の予備動作を感じ取った。二人の魔法覚の分解能は一瞬にして、『救急車内の』『孫娘が』『老婆に』『一切制御出来ていない』『老婆の蘇生を目的とした』『終野黒枝でさえ多少戦慄する魔法を』『発動体なしで』使おうとするのを理解した。
二人は同時に同一の行動を取った。
救急車内を『終野黒枝』を存在根拠とした仮想ワールドアパート化し、車内で使われる魔法を全て
何事も、起こらなかった。
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しばらくして。
「そろそろかしらね」
黒枝Αの身体がおぼろげに、存在そのものが薄くなるかのように透明になってきた。
「『泣いた赤鬼作戦』必ず頼むど」
「せいぜい殺さないように気を付けるわ。安心しなさい、魔女として契約は守るから」
「澄香ちゃんの事も、頼むど」
「はあ?そこまでは契約に入ってないわよ。何で私があんな愚鈍そうな小娘の面倒見なくちゃならないの?あの顔見てるとイラついてくるのよね」
既に、もう二度と返事はなかった。
黒枝Αは最初からどこにもいなかったかのように、全ての世界から完全に消滅していた。
黒枝Bは憮然とした顔で溜め息を付き、席を立った。
そして花瓶から赤い花を取り、それを黒枝Bの座っていた椅子に乗せた。
しばらく、黒枝Bはそのまま動かずじっと花を見ていた。やがて花に背を向け、黒枝Bは去っていった。
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