第34話 ゴールデンタイムラバー ②


 膨大な戦闘経験によってつちかわれたルスヴンの観察眼は、突如として発生した際の灰谷のごく僅かな反応を見逃さなかった。


(彼は最初、時間にして0.5秒にも満たない間、状況を把握できていなかった。これは彼の意思でここに飛んできたのではなく、おそらく石神に何の説明もなく飛ばされてきたのか?あるいは我々を捕捉したと同時に自動で飛んでくるようになっていた?……考えても仕方がないな。確かなことは、これが互いに予定外の突発的な戦闘であるということと、彼がこれから来るであろう足止めのための増援であるということだ)


 ルスヴンは一瞬でそう考えると、空気中に霧状に飛散させていた彼の血液を媒介に、魔法を詠唱した。


『――――吸血鬼魔法Kazıklı Bey 赫封檻kırmızı kafes


 血液が細いが丈夫な杭のような形に固まり、檻のような形に編まれてルスヴンと灰谷の間に突き立った。


 そして、ルスヴンはその間に迷いなくポータルに入る。増援が来るまでに退却しなくてはならない。フリークスレギオン本拠地に着いたらこの出入り口は閉じるつもりだった。赫封檻はそれまでの時間稼ぎだ。



『ALI−02−BA バンダースナッチ』



 その寸前でルスヴンの右腕が掴まれていた。灰谷の左手に持っていた栞がボロボロと崩れ去り、そこから出ていた無数の黒い帯によって。


「むっ……」


 全身を赤い霧に変えて拘束から逃れようとするが、上手くできない。この帯に捉えられると種族特有の魔法的な能力を封じられるようだ。



『ALI−03ーVO ヴォーパルソード』



 灰谷はさらに右手に持っていた栞を発動体に魔法を使った。青白い光の剣が発生する。そして間合いを一気に詰め、赫封檻に2回斬りつけた。全く抵抗なく赫封檻は切断され、灰谷はさらにルスヴンに追撃にかかる。だが、ルスヴンはそれとタイミングを合わせバンダースナッチを左手で掴み素早く引いた。灰谷の体幹とバランス感覚によりその程度では大した影響はない。しかしその際一瞬地面を強く踏み込む必要が生じた。その隙にルスヴンはバンダースナッチを引きちぎり、今度こそポータルに逃げ込んだ。灰谷も遅れてそれを追い、ポータルに飛び込んだ。


 赫封檻が霧のように風化し、後には静かな空き教室だけが残された。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 莉花と澄香の確保に成功した花散里は、二人同時に左肩で抱えてある場所へと走っていた。二人が空気に押し潰されないギリギリのスピードで、街灯や建物を飛び移るパルクールじみた動きでショートカットしつつ急ぐ。道中、邪魔をするように蜂の式神が何十体も邪魔をしようとしてきたが、花散里が軽く右手で払うとその際発生したソニックブームだけで弾け飛んだ。


 と、その際の衝撃で莉花リーファが目覚めた。状況が把握しきれず抱え上げられている体制から頭を上げようとしたが、空気との相対速度の関係で強い風に身体を押し付けられているためできなかった。


(これは……花散里さんに抱えられているのか。……澄香もいる。あの時ギリギリ出せた救難信号に応じて助けに来てくれたのか) 


「あっリーファちゃん起きたぶっ」


 澄香が莉花の方を向き話しかけようとしたが、途中で勢いよく舌を噛む。悶絶もんぜつする。


(そうか……作戦失敗してしまったな)


 莉花は自らに対して不甲斐なさを恥じ、そして腹を立てた。


「おはよう莉花。よく頑張ったわ。後は私達に任せて」


 この速度の中全く舌を噛むこと無く言った花散里のそんな慰めも、暗に責められているようにしか聞こえなかった。


「ん?もう作戦成功したわよ?目的は達成したし、澄香ちゃんを確保できたんだから」


 確かに、『塔』の本拠地である仙台市街の目標地点に『楔』を埋め込むというメインの目的は達成した。


 だが、澄香の件は『塔』に介入する口実であって――――


 いや、ウィッチシーカー側にとっては口実として成立する程の重要案件ではあり、澄香の確保は何らかの交渉カードとして使えるのかもしれないが、それより何より莉花の存在がウィッチシーカーにバレてしまったのが痛い。情報戦で遥かに劣るフリークスレギオンにとって数少ない優位点だった『世界に認識されないという呪い』を受けた莉花の存在がウィッチシーカーにバレてしまった。これだけでもう戦略的に敗北していると言っていいだろう。


「バレてないわよ?」


 心を読んだかのように花散里が言う。


「莉花が気絶してても『呪い』をフルオープンにしてたから、私も間に合ったし、誰がその『呪い』を持ってるのかというところまではバレてないわ。何とでもなるでしょ」


 そうだったのか。当然だが記憶にない。だがそんなことは日本のコトワザで言うところの『五十歩百歩』と言うものではないのだろうか。元は中国の故事から来たコトワザだそうだが。


 そこまで考えたところで、花散里が急停止した。左肩の二人はあわや慣性で投げ出されるかと思いきや、うまく力を流されてふわりと着地した。


「着いたわ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この作戦において、ポータルを設置する集合地点は極めて重要事項であり、フリークスレギオン所属の各種専門家による慎重な話し合いの末取れる限りの安全マージンを取った上で設置している。


 予備の予備として準備していた第三集合地点、フリークスレギオンに通じるポータルを隠した最後の集合地点として決まった場所。


 そこは、仙台駅前西口ペデストリアンデッキ二階中央。


 『SENDAI』というアルファベットをかたどったオレンジ色のモニュメントの、すぐ真下。


 ――――駅前ど真ん中であった。 

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