第35話 ゴールデンタイムラバー ③

 

 虹色に輝く第一ポータルの内部で、フリークスレギオン所属ルスヴン・ファイアアーベントは拠点へと走っていた。そしてウィッチシーカー所属灰谷契がそれを追う。


 灰谷は自分の役割を理解していた。石神ゼネラルアドミニストレータが既に呼んでいるだろう追加の人員が来るまでの間、フリークスレギオン拠点にこの男がたどり着かないよう足止めする。


 灰谷は魔導司書グリモアライブラリアンの魔法、『ヴォーパルソード』を構え、屈むように強く踏み込んでから急加速しルスヴンに斬り掛かった。狙うは右足の膝。


 だがルスヴンは左回転するようにしてそれをかわし、同時に灰谷の背後を取る。


「――――吸血鬼魔法Kazıklı Bey断罪剣cellat mızrağı』」


 ルスヴンの掌の内に赤黒い血の剣が生成された。本日三度目の、昼間の吸血鬼魔法カズィクルベイ使用。それには己の血液を発動体として使い捨てなければならない。ルスヴンの身体には多大な負担がかかっていた。昼間はどんなに絞り出してもあと一回が限度だろう。


 回転の勢いを活かしそのまま横薙ぎに斬りつける。灰谷はそれに斜めに受け太刀をする。この『ヴォーパルソード』は、刃筋さえ通ればオリハルコン以外の全ての物質を斬る事ができる。なので灰谷はそのまま断罪剣を斬ろうと――する前に腹に前蹴りを喰らった。軽く後方に飛ばされる。距離を取るための押し出すような前蹴りだったためダメージはそこまででもない。だが僅かな間体勢が崩れた。


 ルスヴンはその隙を見逃さず、大振りで深く踏み込み唐竹割りに斬ろうとする。灰谷はそれを半身になりつつかろうじて受け流し、返す刀で手首を斬ろうとした。そこにルスヴンのショルダータックルが入った。


「がっ……!」


 息が詰まった。内臓に、特に肺に相当なダメージ。


 さらにルスヴンの刃が迫る。灰谷は大きくバックステップしてかわした。接近戦ではこの男、ルスヴンの方が上手。だが問題ない。当初の目的である足止めはできている。


 灰谷がそう思った次の瞬間。


 パンパン、と軽い音がして右肩と右太腿が大口径の銃弾で撃ち抜かれた。


「!?」


 立っていられず前に倒れた。ヴォーパルソードが霧消する。激痛に構わず、灰谷は銃弾の飛んできた方向を見た。


 ルスヴンが目指していた、ポータルの出口。フリークスレギオンが拠点として使っているであろう場所からの銃撃だった。


 その方向へルスヴンは話しかける。


「よくやった。シャストル」


「キヒヒヒ……旦那ァ。一つ貸しですよぉ」


 ポータルの出口から聞こえてきたのは、甘ったるく掠れた男の声だった。この男が灰谷を撃ったのだ。


 これはルスヴンの仕込みであった。ポータルに入る直前、灰谷と遭遇した瞬間に身体から出していた血霞は赫封檻に変えるためだけのものではなかった。その時から少しずつポータルに血霞を送り込み、ポータルの出口、フリークスレギオンの拠点の一つにいるであろうメンバーに「私を追ってくる敵を撃て」と血文字で指示を出していたのだ。


「おのれ!灰谷をよくも!」


 そこへウィッチシーカーの増援がぞろぞろと入ってきた。彼らは空間防壁ウイッチカーテンを張りながらルスヴンを攻撃しようと魔法の詠唱を始めた。


「彼は捕虜にしよう。シャストル、援護しろ」


「また一つ貸しですからねぇ」


 ルスヴンは血まみれで倒れている灰谷を肩に抱えあげ、盾にするようにしてポータルの出口へと歩き出した。増援は灰谷を巻き込むのを躊躇ちゅうちょして広範囲を巻き込む攻撃ができない。そこへ更に、出口の向こうからは銃弾が襲いかかる。灰谷を撃った拳銃弾とは威力も連射も段違いのアサルトライフルを絶え間なく撃ってくる、それを空間防壁ウィッチカーテンで防御する必要があり、そもそも迂闊うかつに攻勢に出られないのだ。


 ルスヴンと灰谷が出口をくぐり抜け、それと同時に、ポータルの出口は閉ざされた。そしてポータル内の空間が崩壊し始める。ウィッチシーカーの増援は、それ以上追うこともできず、すごすごと逃げ帰るしかなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一方、仙台駅前西口。


 花散里奏と、彼女に背負われた終野澄香と林莉花リン・リーファは、まっすぐ第三ポータルに向かっていた。


 『SENDAI』のモニュメントの真下に隠された第三ポータルまであと3m。莉花の『世界から認識されない呪い』のお陰で3人は通行人や監視カメラからは見えていない。周囲にウィッチシーカーの待ち伏せ等も見当たらない。何も問題はない


 はずだった。モニュメントに触れようとした瞬間、花散里の手が弾かれた。


「あら」


 そして、モニュメントの周囲に『アバドーン』が6個発生し、さらにそこからそれぞれ一冊魔導書が出てきた。その魔導書は次々とモニュメントの真下に隠された第三ポータルに、蓋をすり抜けて入っていく。


「うーん、さすが石神ちゃん。バレてたみたいね。そりゃそうか、蜂が追ってきてたし」


 花散里がさほど意外ではないような口ぶりで呟いた。


 なぜ花散里たちの居場所がバレたのか。それは澄香と莉花がスタングレネードを喰らった直後にワールドアパートに入れられた際、その中にはある粒子が充満していた事にあった。


 その粒子はいわゆる放射性物質であり、当然人体には有害であるが、少量であり時間とともに自然と体外に排出されるためほぼ影響はない。だがその目的は彼女らを直接害することではなく、位置を特定し続けることであった。


 アメリカで一時期、放射性マーカーという機械が研究されていた事があった。これは、放射性物質を再犯を繰り返す恐れがある重犯罪者に埋め込み、出所後もそれから出る放射線を人工衛星で監視することにより、位置を常に把握するというものである。当然ではあるが、倫理・人権の観点から実用化には至らなかった。


 石神が今回行ったことはその放射線マーカーに近い。澄香と莉花は『呪い』で認識できなくても、衣類に付着した放射性物質は彼女らが動くたびに舞い落ち、また彼女らの呼吸のたびに飛び散るため、それは人工衛星ごときとは比較にならない精度の『塔』の監視システムで位置を把握できる。


 それに加えて、石神には第三ポータルの位置は認識できないが、彼女らの位置情報から仮説を立て推測することはできる。なので、第三ポータルだと思われるいくつかの場所に魔法で見えなくした空間防壁ウィッチカーテンを張り、確定した時点でポータル内に魔導書を送り込んだのだ。


 花散里は澄香と莉花を下ろして離れた。莉花に触れていないためその時点で花散里は誰からも認識できるようになったが構わない。


 花散里は拳を握り、目の前の空間防壁ウィッチカーテンを全力で殴った。



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