第33話 ゴールデンタイムラバー ①


 莉花リーファと澄香が地下鉄に乗車した直後、その頃ルスヴン・ファイヤアーベント、ジュノー・シルバーレイン、花散里はなちるさとかなでは泉中央にある某大学キャンパスの空き教室内──第二集合場所にいた。その部屋にあるホワイトボードは虹色に輝いており、魔女術師ウィッチクラフターが『隙間』と呼ぶポータルになっていた。


 これは事前に莉花がカバラ魔術、その身に受けている、『存在を認識されなくなる』呪い、フリークスレギオン内の今回の作戦には参加していないメンバーから貰った呪物等を使い、ウィッチシーカー側には見つけられないであろうワープポイントとして準備していた場所のうちの一つである。ここを経由して、フリークスレギオンの保有するワールドアパートに逃げ帰る手はずであった。


 だが、一番肝心の莉花が来ない。花散里が持っている連絡用の呪術人形にも何の連絡もなかった。


「今こちらから連絡してみたけど、それにも何の応答もないわ」


 花散里が言う。


「莉花さんの事を……どうにかして迎えに行ければ」


 シルバーレインも長椅子に横になったまま、やっとのこと絞り出した小さな声で苦しそうに言う。そばにある机には空になった酸素吸入スプレーが2本置かれていた。最低限の処置こそしたものの、肋骨と肺に深刻なダメージを受けており、本来ならすぐにでも医者に見せなければいけない状態なのだ。


 万一でもウィッチシーカーに情報が流れるのを防ぐため、莉花には電子的にも魔術的にもリアルタイムの位置情報を送る手段は、手動で呪術人形による符丁を使うしかない。否、自動で送ることもできるのだが、それは最後の手段である。


「……シルバーレイン。我々は一旦本部に帰るとしよう。花散里、留守を頼む」


 ルスヴンはシルバーレインに酸素吸入スプレーを使いながらそう言った。


「①『莉花が何らかの理由で連絡が取れないが、現在こちらに向かっている場合』

 ②『莉花が現在何らかの理由で連絡も取れず、こちらに向かいたいが動けない場合』

 ③『莉花が既にウィッチシーカーに捕まっている、あるいは──ないとは思うが殺されている場合』

 それぞれの場合に分けて考えよう。

 ①ならば問題はない。ここで待てばいいだけだ。

 ②の場合、まずは莉花を探さなければならない。幸いうまく莉花の呪いをかいくぐって探せる人員もいないこともない。タカシの『予言』やメリーの『占い』なら発動さえできれば捜索可能だろう。だが、その場合ウィッチシーカー側に莉花の存在を知られてしまっている可能性が高い。そうでなければ逃げ隠れする必要はないわけだからな。

 ③の場合はもう既に完全に作戦失敗している。手の打ちようがない。②だという前提で考えよう。

 先程言ったように私とシルバーレインは一旦本部に戻り、適切な人員と交代すべきだと考える。ウィッチシーカーの連中とかち合った場合こちらに花散里がいることを前提とした戦闘になるだろう。私もシルバーレインも現在十全に戦う事はできない。捜索できる人員最低一名の他に花散里の足を引っ張らない程度の戦闘員と、この第二集合地点を守る戦闘員の最低二名、計三名が必要だ。条件的にかなり難しいだろうが達成できるまで続けよう。

 だが、こうなると別の懸念材料が生まれる」


 ルスヴンは一旦言葉を切った。


「この第二集合場所のドアを開けた瞬間、ここが密室ではなくなり、感知されなくなる呪いが解ける。つまりこの場所がバレるリスクが生じるということだ。フリークスレギオン本拠地に通じるポータルがあるこの部屋が」


「この場所に入った時と同じ手段で出ることは出来ないの?『天使の揺り籠』からここにワープしたときの簡易発動体インスタントスクロールで」


「不可能だ。あらかじめ設定した場所にしかワープできない。莉花にも持たせたかったが……非常に希少なものでフリークスレギオンでは私が使った1個しか所有していない。

 花散里。元ウィッチシーカーとしての意見を聞きたい。仮に0.5秒この部屋のドアを開けたとして、『塔』にそれを感知されうるか?」


「それは石神ちゃんの管轄かんかつで機密事項だったから『わからない』と答える他ないのだけど──可能性としては十分あり得るわ」


「そうか……リスクとして割り切るしかないな。とにかく以上の案で構わないか?シルバーレイン、花散里」


 二人は頷いた。


「では急いで──」


 ルスヴンがそう言いかけた時

 ゴキッ、と嫌な音がした。


 呪術人形の首がねじ切られていた。


「……………!」


 これは、莉花側からの『作戦の失敗』を意味する符丁であった。


 そしてそれは同時に、莉花が位置情報付きで四方八方に魔術的な救難信号を自動で送る機能を使ったということも意味していた。もう既にウィッチシーカーに莉花の位置がバレているという事だ。


 莉花の出した救難信号から、距離と方角が3人の魔法覚に伝わってくる。ルスヴンの判断は迅速だった。


「花散里、すぐに莉花の救助に向かえ。シルバーレイン、先に戻れ」


「了解」


 花散里はそう言うと既にその場からいなくなっていた。バタン、とドアの閉まる音がした。衝撃波が発生し、窓ガラスをビリビリと揺らす。ドアを閉めた衝撃ではない。花散里が音速以上のスピードで動き、その際発生したソニックブームを自力で抑え込み切れなかったためである。


 もう既に作戦は失敗した。『莉花の存在がウィッチシーカーにバレる』という敗北条件を満たしたからだ。


「あとはどう負けるかだが……」


 シルバーレインを半ば押し込むようにポータルに入れつつ、ルスヴンは呟いた。


 花散里がドアを開けたと同時にその少年に向けて。


「ああ、君は私がシルバーレインとカフェに入る前にけて来ていた人だね。気配で解る。ところで──君1人でいいのかね」


 ルスヴンは素手のまま構えた。少年を排除するために。その身体から赤い霧が揺らぐ。


 その少年──灰谷契はいたにけいはルスヴンに向き直り、静かに言った。


「フリークスレギオン構成員による敵対的行動を確認。ウィッチシーカー交戦規定に基づき、ただちに戦闘を開始します」

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