第32話 SOS ⑦
子供の頃からずっとそうだった。
大事にしたいものを全て守ろうとして、結果的に全て失う。
私はきっと、最初から間違っていた。どこで間違えたのかさえもわからない。
ハピナ名掛丁で何かをしていたリーファちゃんに話しかけた時でも、そのまま行動を共にして結果的にウィッチシーカーの人達と戦うことになった時でもない。もっともっと、ずっと前からだ。
そしてこれからも、ずっと間違い続けていくのだろう。
私はリーファちゃんを背負った。そしてウィッチシーカーの人達から逃げ出すことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
地下鉄内の空間がぐにゃりと歪み、車両が再構成されていく。それは一秒もせず収まった。
車両内の全てのものが闇に飲まれ、最終的にそこには完全なる暗闇があった。何一つ見えない。
しかも、まるで粘度の高い液体の中にいるかのように、上手く動くことが出来ない。周りの空気が比喩ではなく重い。
それに、なんか、眠い。
手探りで地下鉄のドアを探す。運良くすぐ見つかったが、溶接されているように渾身の力で引いてもびくともしない。
どこからか女性の声がした。
「こちらウィッチシーカーの石神量子です。澄香さん、ご無事でしたら応答願います。私どもは澄香さんを保護しに参りました」
私は答えない。いないふりを続ける。
リーファちゃんに触れている以上、私達は今見えていないはずだ。
なんとか地下鉄構内から出なければ……その後はどこに向かえばいいのだろう?
「……もしかして、アバドーンを
アバドーン?あの広がる渦のように開く穴の魔法のことだろうか。確かにさっきの分は私がやった。この完全な暗闇も魔法なら、それと同じように無効化出来ないだろうか。
……駄目だ、『隙間』もないし、それにこれはこの地下鉄の空間そのものに対して作用している魔法だ。これは、ローリアが私と灰谷君を閉じこめ、
「それでは誘拐犯に告ぎます。私達は先程この街に訪れたフリークスレギオン構成員3名との交渉が成立しました。直ちに澄香さんを無事に開放し、投降すればあなた達の身の安全は保証します。いかがですか?」
フリークスレギオンとはリーファちゃんが言っていた仲間の人の事だろうか。……どうしたんだろう、こんな時なのに急にどんどん眠くなってきた。頭がふにゃふにゃして何も考えたくない。もう降参したほうがいいんじゃないかな。石神さんもなんか交渉成立したとか言ってたしちゃんと謝れば許してくれるよ。リーファちゃんもきっと分かってくれるよ、そうしよう。もう疲れたし。リーファちゃんも無事に済むならそれが……
『助けて』
眠気が覚めた。そうだった。リーファちゃんに頼まれたのだった。藁にも縋る思いで。
そもそも私のせいで誘拐犯になっているというのに。リーファちゃんにはリーファちゃんの事情があるのに。それを私が勝手に売り飛ばしてどうする。
意識がはっきりしたら、途端にこの空間に対する怒りが湧いてきた。急に眠くなったのも、この空間 『ワールドアパート』の効果なのだろう。
こんなものは押しのけてやる。私はローリアとウィッチシーカーの人達が戦った際、全てが凍りつく空間のなかでローリアが球状に空間を押しのけていたのを思い出していた。あのイメージでやる。こめかみに力を込める。鼻血まで出てきた。
「たーっ!」
成功した。私を中心に半径2mほどの空間が、音もなく一気に押しのけられた。そこだけ光と空気の重さが戻り、眠気も全く無くなった。
「ヨシ!」
地下鉄のドアを開ける。今度は開いた。ホームに出たが、周囲は真っ暗で出口が分からない。光が戻ったと言ってもそれは半径2m以内の事で、近くのものしか見えないのだ。何一つヨシ!ではなかった。
『ALI−02−BA バンダースナッチ』
不意に、私の周囲、やや離れた多方向から同じ種類の魔法が使われる気配があった。そこからは無数の黒い帯が出てきて、私が押しのけている半径2mの空間の周辺を覆うように絡みついてきた。
「あなた方の居場所は把握しました」
石神さんの声はそう言った。
「あなた方自体は認識できなくとも、ワールドアパートの中で
言われてみれば息が苦しいような気がしてきた。
「リーファちゃん!起きて!」
リーファちゃんを下ろし、呼びかける。全く起きない。眠り姫のように気絶している。
黒い帯はこの……
だが、まだ終わったわけではない。私にはまだ、『悪魔の揺り籠』を出る際使った──正確には自然と言葉が湧き出てきた──魔法がある。あれはなんという名前だっけ?実は名前だけではなくどうすれば使えるかさえ忘れてしまったのだが。
とにかく集中し、それを使おうとする。だが同時に、それを使うことに対してなぜか強い恐怖を感じた。本能がセーブを掛けている。次使ったら死ぬかもしれないと。
そんな事は気にせず集中を続ける。すると、脳の奥底の一部分が急速に冷えていくような感覚があった。
いける。この感覚だ。再び鼻血と、今度は目からも血が吹き出てきた。
私は『レイジングワイルドハント』の詠唱を始めた。
「物理的領域の因果的閉包性の」
ミシッ。
どこかで何かが軋む音がした。そう思う間もなく、
ズドオオオオオオオオン!!!!
無理に形容するとしたらそう表現するしかない、凄まじい破壊音がした。
この、完全な暗闇に覆われた空間が壊れた音だった。
空間が維持できなくなり、暗闇が徐々に消え去っていく。
逆光を背にそこに現れたのは、青い髪の涼やかな美女だった。
「リーファ〜?来たわよ〜いる〜?」
その容姿に似合わない気の抜けた声で美女は問うた。
そして私達を見つけ、私の顔をしげしげと見つめた後、パッと花開いたような笑顔で、
「あら?もしかして貴方、終野澄香ちゃん?」
と言った。次の瞬間美女が消えた。と思ったら目の前に来ていた。前もこんなことがあった気がする。
「なんかわかんないけどリーファを助けてくれてたの?ありがとうね。そうだ!」
美女は両手を合わせ、花畑で遊ぶ無邪気な少女のようにこう言った。
「せっかくだから、私達と一緒に来てみない?」
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