第20話 FREAKS' SHOW ③

 仙台市中心部のビル。そこにテナントで入っている有名喫茶店に。


 二人の外国人の男性が入店してきた。一人は屈強な肉体を高価なスーツと革靴に包み、ブロンドヘアをオールバックにまとめた精悍せいかんな顔つきをした男で、もう一人はシルバーグレーのジャケットと手袋を身に付けた大学生風の若い男だった。二人は店員にキャラメルマキアートのトールサイズをアイスで2個注文し、商品を受け取ると店内のテーブル席についた。


 ジャケットの男が屈強な男に日本語で話しかける。


「ルスヴンさん」


「ああ、尾けられているな。思ったより早かったな」


 二人は油断なく周囲に気を配りつつも、リラックスした口調で特に何でもないことのように話す。


「私はこれより『塔』との交渉に移る。その間の警戒を頼んだぞ、シルバーレイン」


「了解っす」


 シルバーレインと呼ばれたジャケットの男は軽い返事をしたが、先程よりも更に周囲への警戒を強めた。ルスヴンは席を立ち、すぐ近くにいた男性客に話しかける。


「そこの方、突然不躾ぶしつけな頼みをして申し訳ない。10分でいい、スマートフォンを貸して頂けないだろうか」


「は……はあ?」


「我々のスマホを使うとそこから足が付くかもしれないのでな」


 そう言ったルスヴンの目が怪しく光った。その途端男性客は目の焦点が定まらないぼんやりとした表情になり、ふらふらと自分のスマホを渡した。


「はい、どうぞ……」


「ありがとう。これはせめてもの礼だ」


 スマホを受け取ったルスヴンは、札束の入った封筒を男性客に渡すと、どこかに電話を掛けた。ワンコールもしないうちに出る。


「ウィッチシーカー所属、『塔』ゼネラルアドミニストレータの石神量子です」


 女性が電話に出た。美しいソプラノの声だったが、刺々しく冷たい態度を隠そうともしていない声だった。


「ご用件を伺いましょう」


「初めましてだな。フリークスレギオンに所属している、ルスヴン・ファイアアーベントだ。先日我々から送った文書が届いているはずだな?終野澄香氏の身柄を預かりに来た。終野黒枝氏が消息を断つ以前最後に所属していたのは我々フリークスレギオン。まだ籍も残っている。ならば我々が保護するのが筋というものだろう」


「日本では屋上に放り投げておくことを『届ける』とは言わないのですが……それはこの際いいでしょう。ええ、文書の方拝読させて頂きました。言いがかり以外の何物でもありませんね。澄香さんはウィッチシーカーの魔法被害者保護規定に基づき、第一級魔法被害者並びに参考人として保護させて頂いております。健康で文化的な最低限度以上の生活は送っているはずですよ。これでよろしいですか?」


「どうだろうな。を思えば信用などできるはずもない。君たちの現在のスポンサーはこの件を知っているのかね?それにそんなものはいくらでもでっち上げられるからな。君達の『保護』とやらに正当性があるのか第三者の視点から確かめるためにも、本来は保護した時点で我々に引き渡すべきだったのではないか?」


らちがあきませんね。あなた方にとって澄香さんの件は私共に言い掛かりをつける口実でしょう?本来の目的は何ですか?」


「話をすり替えるな。明確に答える気も引き渡す気もないのであればこちらにも考えがある」


「……あなた方の現在位置は把握しています。現在あなた方は協定で定められたウィッチシーカーの領地内にいます。速やかに出ていって頂きたい」


「嫌だと言ったらどうなるのかね?」


「超法規的措置を取らせて頂く事になります」


 空気が張り詰めた。


「おお怖い。降りかかる火の粉は払わねばならんな。まさかこんな昼間のカフェで我々とやり合おうというのかな?これだけ人目があるのに?一般人が巻き込まれでもしたらそれこそ君達のスポンサーが黙っていないのではないか?」


「ご心配は無用ですよ」


 石神は。


 電話の向こうでにこり、と笑った。




「B−AL−A−5 『アバドーン』」



 この時シルバーレインは最大限に周囲を警戒していた。視覚、聴覚、嗅覚、魔法覚を研ぎ澄まし、今まさにこちらを監視しているであろうウィッチシーカーの構成員のいかなる物理的・魔法的攻撃に対しても逃走、あるいは闘争できるように備えていた。店内の客、従業員、オブジェクト一つ一つに気を配り、空気中の物質の組成すら常に測っていた。たとえ店ごと巻き込むような爆弾だろうが狙撃だろうが毒ガスだろうが、呪詛だろうが式神だろうがウィッチクラフトだろうが対応する自信はあった。電話しているルスヴンとて気を抜いている訳ではない。彼らに油断はなかった。


 油断はなかったが、予断はあった。

 

 居場所がバレているとはいえ、こちらが直接見えている訳ではない『塔』から、予備動作が一切ない魔法をピンポイントで撃って来ることを、またその魔法が自分たちでも抵抗も回避もできない魔法であることを、彼らは想定していなかったのだ。


 シルバーレインは直接の戦闘経験はそう多くなかった。それ故に、「攻撃が来るなら隠れてこちらを監視している奴、あるいは奴らだろう」と無意識のうちに思い込んでいたのだ。もしも、真に戦闘経験豊富なルスヴンが一言「想定外の事態を想定しろ」とでも言っていればまだ事前に何らかの対処はできたかもしれない。それを怠り、信頼していたといえば聞こえはいいが警戒の仕事をシルバーレインに丸投げしたルスヴンにも責任の一端はあり、予断があったと言えるだろう。


 突如として、ルスヴンとシルバーレインの座っている席の真下に、広がる渦のようにそれぞれ人一人分の大きさの穴が開いた。そして彼らを一瞬にして吸い込んだ。誰の目にもとまらないスピードだった。


 だいぶ遅れて、先程までルスヴンが電話していたスマホがゴン、と音を立てて落下した。彼らがいなくなった後の喫茶店には、それだけが残された。




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