第2話 アニー ②

「迷った……」


 私、終野澄香ついのすみかは完全に迷っていた。


 図書館に辿り着くべく、初めて来た仙台の街中をスマホの地図を見ながら歩いているうちによくわからない場所に来ていた。近道しようと細い通りを歩いてきた結果がこれである。ただでさえ初めて行く所だというのに。自分の浅はかさに苦笑するしかなかった。


 とりあえず自分の正確な現在地だけでも確認しようと辺りを見渡す。どこかに案内板はないか。あるいは目印になるような建物は。


 ふと見上げると、遠くのビルの屋上にカラスが止まったのが目に入った。そのカラスはよく見ると全身が黒に近い灰色をしていた。


 目が合った。瞳だけは紅色だった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



(目が合った?)


灰谷契はいたにけいは困惑していた。灰谷はハンバーガーショップの店内の2人掛けのテーブル席で食事をしている男子高校生────であるかのように偽装しながら、視覚共有している使い魔のヘンペルを通じて仙台駅周辺を警戒していた。


(あり得るか?対象からヘンペルまで300mは離れている。偶然か?)


 本日仙台市図書館に魔導書『プリンキピア』を献本に来るという、『終野澄香』と名乗る人物と、現在ヘンペルを注視している人物とでは予想される外見的、そして魔術的特徴が近い。仮にこの人物が終野澄香だとして、このまま真っ直ぐ目的地に向かってくれればいいが、しかし、対象はどうやら迷っているように見える。陽動の可能性も考えた上で、とりあえず観察が必要────と灰谷が考えた所で対象がヘンペルから視線を切り、移動を始めた。建物の影に入る。


 灰谷はヘンペルに建物を大きく迂回し、対象の通るであろうルートに先回りし、かつ対象から見て背後の死角に移るよう指示を出した。数分待つ。しかし対象は現れない。不審に思った灰谷に真横から声がかけられた。



「こんばんは」

 そこには、

 先程まで観察していたはずの、

「相席よろしいですか?」

 終野澄香が立っていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 


 それなりに混み合ったハンバーガーショップの店内。


 テーブルを挟み、二人は向き合って座っている。終野が、注文したポテトとコーラを持ってきてくれた店員に軽く頭を下げ、礼を言う。


 どうやってこちらを探知し、1km以上離れた灰谷の所まで移動してきたのか、灰谷は訊かなかった。『塔』への緊急連絡もリスクを考えて出来ない。定時連絡までの時間もまだだいぶあった。


 店員が去る。終野はポテトをつまみながら、特になんという事もない普通の表情で、「突然厚かましい事言ってごめんなさい」と言った。


「私、仙台市図書館って所に行こうとしてたんですけど、ちょっと道に迷っちゃって」


 一拍置いて、終野は少し小声で尋ねた。


「魔法使いの方ですよね?カラスと線で繋がってたのが見えたから」


「答えかねます」


 灰谷も同様に、動揺なく即答した。


「ああ、私が魔法使いかという点についての話です。仙台市図書館への行き方についてはご案内できますよ。私の名前は灰谷契と言います」


「あっ、ありがとうございます。私は終野澄香と言います」


 灰谷は雑談しながら考える。やはり終野澄香を名乗る警戒対象だった。そもそも何故わざわざ、遠く離れた場所にいて使い魔を操っていた、明らかに魔法使いの自分に道案内を頼んだのか。揺さぶりを掛けて反応を観ているのか?それにしてはこちらに敵意は感じられない。立ち振る舞いも完全に素人のものである。店内、店外共に魔法的な仕込みも感知できない。


 どうする。ストレートに訊いてしまうか?


「お待たせしました。ではお願いします」


 そうしているうちに終野が軽食を終えたようだった。灰谷は結局方針を決められないまま、終野と仙台市図書館に向かった。



 二人が去った直後。


 店からやや離れた場所にある路地裏。


 ボコボコと音を立て泡のような影が立ち昇った。


 それは誰に見られることもなく、一瞬だけ人の形を取り、そしてすぐに消えた。



 




 


 


 

 

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