第8話 スタンドバイミー ③

「まず、前提を確認させて頂きます。大変失礼な事をお伺いしますが、黒枝さんがお亡くなりになったというのは間違いない事実ですか?」


 石神さんはいきなりそう尋ねてきた。精密機械を連想する程に整ったその顔は真剣だった。


 だから私も真剣に答えた。


「はい。間違いありません。この目で確かに見ました。本当です。常磐木さんには死んでいないはずだと言われましたが」


 そして私は知っている限りの祖母の亡くなった時の状況、その後の経緯について説明した。


「承りました。ありがとうございます。澄香さんが嘘をついていないことは承知しております。ただ、常磐木が申し上げましたように魔法的な状況証拠上、そして何よりわたくし共の知る黒枝さんが亡くなられているとは思えないのです。わたくし共の知る黒枝さんは、最低でも250歳以上、ありとあらゆる物理耐性、魔法耐性を持ち、実質的に不老不死の

────最強最悪の魔女でした。付け加えるなら」


 石神さんは言った。


「あなたに似た容姿の少女の姿をしていました」


「そんなはずはないです」


 瞬間的に頭に血が上った。


 祖母はごく普通の、優しい老婆だった。だからこそ、私の魔法は祖母をむしばんだ。


「石神さん、何が言いたいんですか」


「何か隠していらっしゃいますね」


 隠していた訳ではない。言いたくなかっただけだ。


 正確には。


 口に出すのが恐ろしかった。


 私はうつむいた。自分が汗をかいているのが分かった。石神さんは何も言わず、私が喋り出すのを待っていた。


 静かな部屋に、長い沈黙が流れた。


「祖母が死んだのは────多分私の魔法のせいです」


 喉の奥から、身体の奥から、心の奥から、


 絞り出すように、やっとそれだけ言えた。


 水滴が膝に落ちた。自分の涙だった。


「もう結構です。不躾な質問をして大変申し訳ありませんでした。心よりお詫び致します」


 石神さんは深々と頭を下げた。私は涙を拭った。


「大丈夫です。石神さんのせいではないです」


「ありがとうございます。さて、話の本題です。澄香さんの現状の話です。

 終野澄香さん。あなたはおそらく」


 異世界から転移してきたと思われます。


 石神さんはそう言った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 


「はい?」


「現時点では憶測の域を出ません。ですが、あり得ない可能性を消去法的に排除していくとこの可能性が一番高く、裏付ける根拠も多数あります。澄香さん、学生証等身分証となるもの、また現住所の分かるものはお持ちですか?」


「あっ、はい」


 休学中ではあるものの、高校の学生証は持っていた。保険証もある。両方出した。机の上のそれらを一度見てから石神さんは続ける。


「お電話でも申し上げましたように、誠に失礼ですが、澄香さんの事は事前にある程度超法規的に調べさせて頂きました。仙台市図書館の職員に電話で氏名、住所、在籍していらっしゃる高校名等の個人情報を話されましたね?」


「はい……」


 何の話だろう。嫌な予感がする。


 石神さんははっきりと言った。


「落ち着いて聞いて下さい。終野澄香さん個人も含むそれら全てが、


「…………!?」


「つまり澄香さんの戸籍は元より、澄香さんが存在していたという記録そのものが存在していないという意味です。住所及び学校はそもそも地名や建物自体が架空のものとなっています」


 すぐには理解できなかった。


「信じられません……」


「私が嘘をついていないということも含めて、証明は極めて困難です。わたくし共は戸籍等のデータに干渉する事は不可能ではないですし、なにしろ異世界転移の前例自体が極端に少ないものですから」


 石神さんは一呼吸置き、続ける。


「重ね重ね失礼ですが、終野さんが嘘や妄想を話された可能性も考慮させて頂き、しかしその可能性は低いと結論付けました。嘘をついていない事は現在進行形で確認させて頂いております。妄想にしては具体性があり、ウィッチクラフトで偽造や改変された形跡のない身分証が現存するからです」


 ここでまだショックでボーッとしたままだった私の脳が、やっと少し回り始めた。浮かんだ疑問をそのまま口に出す。


「あれ、でもスマホは使えましたよ」


「電話番号等スマホ関連の事は引き継いでいるようです。澄香さんにすぐに異世界転移に気付かせないためと、仙台市図書館や、消防、警察等に電話する事態が発生した際を想定した対策でしょうね。それでもかなり無理があったようです。


 迷った。確かにそうだ。だが。


「仮に本当にその………異世界転移をしているとして、誰が、いつ、何のためにそんなことをしたんですか?」


「それは」


「ゴーレム風情が随分と偉くなったものね」


 私ではない。石神さんは少しも慌てず、にこり、と笑った。


「それは折角ですから、ご本人に説明して頂きましょう。ねえ」


 終野黒枝。

 




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