第24話 FREAKS' SHOW ⑦

 前の客の飲み残しのコーヒーがぶち撒けられる。カフェ店内の別の場所でも戦闘は続いていた。


 (!……ルスヴンさん、吸血鬼魔法カズィクルベイ使ってるな……昼間に使って大丈夫なのかな)


 シルバーレインは戦いながらルスヴンの身を案じた。


 フリークスレギオンでは互いの身元を訊かないという暗黙のルールがあるため、一部のメンバーしか知らないことだが、ルスヴン・ファイアアーベントは吸血鬼である。伝承のように陽の光で火傷するようなことはないが、昼間は確実に戦闘能力が落ちる。吸血鬼魔法カズィクルベイを使うとなれば尚更である。人通りの多い昼間の街中であればウィッチシーカーは戦闘をためらうだろうという読みが完全に裏目に出た形だ。


「『ALI−02−BA バンダースナッチ』」


「っと!」


 複数人の魔法使いが絡みつく無数の黒い帯で拘束しようとしてきた。シルバーレインは蓋を開けた試験管を持ったまま、バックステップで回避しようとする。だが到底かわしきれる量ではない。シルバーレインの身体に黒い帯が届く寸前で――――弾かれてそのまま消え去った。


「!?」


 不可思議な現象だった。先程からずっとシルバーレインへの魔法が無効化されている。今もパンプルムースが何らかの魔法を使おうとしているが、上手く発動しない。


「灰は灰に、塵は塵に、万物は第一質料プリマ・マテリアに還る。黒化ニグレド錬金変成ティンクトゥラ』」


 シルバーレインは小声で詠唱しながら喫茶店に元々あった机を魔法使い達に向けて蹴り上げた。前の客の飲み残しのコーヒーがぶち撒けられる。一見苦し紛れの行動。魔法使い達はコーヒーを難なくかわし、机もとっさに素手で払い除けるようにして弾き飛ばした。


 だが。次の瞬間。


「熱とは分子の振動。開放とは開き放つ事。そして爆発とは破壊を伴う体積のいちじるしい増加。熱素カロリックよ、熱を開放し爆発しろ。白化アルベド熱素爆発カロリックバースト』」


 机が白熱し、そして爆発した。


 過冷却という現象がある。例えば水の場合、固体となる温度、つまり氷点下でも凍結しない状態を指す。この状態の水に衝撃を与えると一気に凍りだす。


 シルバーレインが観測し、操っている異界の物質、熱素カロリックでも同様の現象が起こる。もっとも熱素カロリックの場合は事象としては真逆で、過加熱とも言うべきだろう。常温で気化どころかプラズマ化寸前まで相転移する物質なのだが、他の物質にかしていれば固体のままという性質を持つ。そして過冷却と同様に、衝撃を与えられるとまるで水蒸気爆発のように一気に気化し、高熱を放つのだ。


 その爆発は周辺にいた魔法使い達の大半を吹き飛ばし、大ダメージを与えた。爆発の瞬間に後ろに飛んだとはいえ、シルバーレイン本人にまで多少爆風が届くほどだった。


 この機を逃さず再度『熱素爆発カロリックバースト』で攻撃しようと左手で椅子を持ち上げる。だが柱の陰から突然特殊警棒のような杖を持った魔法使いが飛び出し殴りかかってきた……かのように見えたが、


「な……なんだあっ!」


 その魔法使いは床に滑ってバランスを崩しすっ転んだ。シルバーレインは普通に椅子で殴り倒した。シルバーレインは空気中の物質を観ることと魔法覚によってどこに何人がいるかを把握している。それに加えて、意図的に前の客の飲み残しを床にぶちまけるようにして戦っており、先程それを極めて滑りやすく、表面張力が小さいため拡がりやすい物質に変えておいた。シルバーレイン本人は、先端錬金術アルファアルケミーで作った靴底が分子間力で床に張り付く靴を普段から履いており、全く滑らない。その気になれば天井を走ることさえできる。


 そのため今のシルバーレインに接近戦での不意打ちを仕掛けるのは極めて難しいと言えるだろう。さらに。


 シルバーレインは右手に持っている、蓋を開けた試験管に入ったオリハルコンの残量を見た。まだ当初の7割弱は残っている。充分持つだろう。先程からずっと粉末状にして空気中に撒き散らしていた。それはミサイルを防衛するチャフのように機能し、魔法を遮っていたのだ。


 (……いける。この人数差相手に勝てるとまでは思わない。だが『あの人』が来るまでの時間稼ぎはできるはずだ)


 自分が有利に戦局を進めていることに希望を持ち、少し安心したその時。


 壁にめり込んでいた深緑のローブの人物、貞岡が動いた。


 力を溜めるように一瞬静止したかと思うと、めり込んでいた壁から何の問題もなく脱出し、シルバーレインに向けて走った。


 それは非現実的な動きだった。本当に人間が自力で走っているのか疑わしいような、何か他の物に例えるのが難しい、気持ち悪いほどになめらかな動きでしかも恐ろしく速かった。一見『速い動き』と認識しがたい非現実的な動きなのに、ウィッチシーカーの魔法使いの間をするするとすり抜け、滑る床の影響を全く受ける事無く、シルバーレインが気付いたときにはもう目の前に来ていた。


「!?……くっ!」


 反射的に空気中の静電気をかき集め、拳先に集中させてフリッカージャブで攻撃しようとする。フリークスレギオン内では非力な方であるシルバーレインだが、市販のスタンガン程度の電圧を加えれば、そこそこの威力になるはずだった。


 貞岡はそれをあっさり払い除け、同時に大きく強く踏み込んだ。


 そして両手の掌底を、シルバーレインの胸に、凄まじい勢いで叩き込んだ。その破壊的な衝撃は胸骨も肺も突き抜け、甚大なダメージを与えた。シルバーレインは後ろに吹き飛ばされ、苦しみながらも転がって距離を取った。だが、立ち上がる事はできない。うまく呼吸ができず、チアノーゼを起こしているのだ。胸を抑えてうずくまりながらひゅうひゅうと息を漏らすだけが精一杯だった。


 貞岡は深く被ったフードのためその表情は見えないながらもシルバーレインを一瞥いちべつし、オリハルコンの入った試験管の蓋を閉め、懐から深緑色の珠を取り出し、それを放り投げてから詠唱した。


「『悪魔の揺り籠 ver6.34』」


 珠は3秒で何百倍にも大きくなり、シルバーレインをすり抜けるようにして飲み込んだ。貞岡はそれを見届け、懐から今度は懐中時計を取り出すと

「15時51分、フリークスレギオン構成員、二十代の錬金術師と思われる男、確保しました」


 と言った。

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