第16話 ローリア ④

「フフッ。なにこの状況?」


 少女はまず、自嘲するように笑った。


 それから少しずつ笑いが増していき、ついには堪えきれなくなったように爆笑した。


「あっはっはっはっは!ヒーッ!ああ可笑おかしい。私をかばったかと思えば今度は倒すって……まず自分が死にそうなのに!アンタ詠唱暴発スクリーム起こしてるから!私に蹴られる前から顔中の穴という穴から血ィダラダラだったから!神経が壊死えし寸前で痛み感じてないだけだから!ただでさえ雑魚の分際で!あははははははは!」


 そしてふっ、とその整った顔から表情が消え失せ、こう言った。


「思い上がるな。アイツの想いを踏みにじる気か」


 そう言った。語調には淡々とした、それでいて激しい怒りが滲んでいた。


「アイツは会うたびにアンタの事ばっかり話してきて、ウザイったらありゃしなかったわ。アイツはいつも自分が死んだあとのアンタの事を心配してた。案の定バカはバカらしくバカみたいな自己犠牲で死にかけって訳ね。アイツの事を、アイツの遺志を本当に大切に思うなら自分の人生をちゃんと生きろ、自分の人生を諦めるな。それでもクソバカ自己犠牲を続けるなら勝手に死ね。殺す価値もない」


「…………」


 私は迷った。


「死にかけはお前もだろ」


 常磐木さんが口を挟んだ。


「この辺が落とし所なんじゃねえの?そろそろお前もジリ貧だろ。大丈夫大丈夫今降参すれば魔導書ごとブッ殺しはしないから。ちょっと期限未定でお前専用の封印書庫に入って貰うだけだから」


「そう。どいつもこいつもバカばっかりね」


 少女は────終野黒枝Cは溜め息をいた。こうしている今も、ウィッチシーカーの魔法使い達は油断なく身構え、黒枝Cを囲んでいる。


 黒枝Cは自分の、人体でいう心臓のある場所に右腕を突っ込んだ。水の中に腕を突っ込んだかのように身体は一切傷付く事なく、自分の身体の中から魔導書を引きずり出した。そして。


「お前達如きの思い通りにさせてたまるか」


 そう言うと魔導書をぱらぱらとめくり、その中の一ページを選び、掴むと、


「こうしてあげるわ」


 まるごと引きちぎった。その瞬間、黒枝Cの身体は輪郭が曖昧になり、泡のような影となって崩れ始めた。


「────!」


 私は思わず駆け出していた。倒れ込む黒枝Cをなんとか支える。だが、崩壊は止まらない。


「ああ、それと言い忘れてわね。アンタ『祖母が死んだのは私の魔法のせいですぅー』とかなんとか愚にもつかない妄言を石神にほざいてたわね」


「止まらない……」


 崩壊が、影の流出が止まらない。


 また、私は何も出来ない。


「なんで泣くのよ。泣かないでよ、ブスに拍車がかかるから。……とにかく、アンタはアイツを殺してない。殺せる訳ないでしょ。発動寸前に私が止めたんだから。疑わしいなら……名前覚えてないけど嘘が分かる雑魚いるでしょ。アレに訊けばいいじゃない」


 常磐木さんを見た。常磐木さんは「本当だ」と一言だけ言った。


 黒枝の身体が黒い霧となって宙に散っていく。


「だからアイツも私も勝手に死んだだけ。アンタに責任なんてない。いつまでもそんな事で泣いてないで、もっと大事なものを探せばいいじゃない。ほら、やるわよ」


 黒枝は私に今まで自分の体内にあった魔導書を差し出した。黒枝はもう掠れた絵のように輪郭を保てておらず、ほとんど消えかけていた。


「オートカウンター術式の書かれたページを破ったわ。もう『私』は構成できないしワールドアパートが展開されることもない。ただの多少強力なだけの魔導書よ。好きに使えば?……そろそろかしらね。じゃあね」


 待って。置いて行かないで。


 そんな情けない言葉を私は飲み込んだ。いつの間にか流れていた涙を袖で拭う。


 情けない言葉の代わりにこう訊いた。


「この子の名前はなんていうんですか」


 既に、もう二度と返事はなかった。


 ────かのように思えたが。


「ローリア」


 それだけ言って、黒枝は消えた。


 最期の力を振り絞ったかのようだった。


 黒枝Cは最初からどこにもいなかったかのように、全ての世界から完全に消滅していた。


 

 こうして戦いは終わった。


 私は深い眠りに落ちるように、気絶した。





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