第17話 ローリア ⑤
目を開けた。知らない天井が目に入る。頭がまだぼやけており、よく状況が理解出来ない。
辺りを見渡した。小綺麗な個室。
どうやら私はベッドの上で寝ていたようだ。ゆっくりと身体を起こした。
そして私はやっと、自分が病院服を着ていることに気付いた。
ここはもしや……病室?
「意識が戻ったようですね。おはようございます。体調はいかがですか」
右隣にあった机に置かれたモニターから美しいソプラノの声がした。
モニターに映っていたのは、やはり石神さんだった。
「おかげ様でなんともないです。あの、石神さん、ここはどこですか。ちょっとよく状況が分からなくて……」
本を私に託し、黒枝Cが亡くなった事は覚えている。気付いたらここにいた。
あの後どうなったのだろう。
「ここはウィッチシーカーが管理する病院です。黒枝Cが消滅した直後、澄香さんは意識を失いました。
それが5日前の事になります」
「5日間も……」
そんなに……
そういえば、全身に力が入らない感じの、気だるい苦しさがあった。5日間横になっていたせいだけではないと思う。負っていたダメージの片鱗を今自覚したのかもしれない。
その他にも気になる事はあった。
「その後は、本はどうなったんですか」
「厳重に保管しております。当初のお話通り、澄香さんに献本のお手続きをして頂いて、お預かりして『塔』で管理・解析させて頂く事になります」
「…………」
ウィッチシーカーの方々には多くの迷惑を掛けている。私の不手際と軽挙妄動で負った怪我を治してもらい、入院までさせてもらった。
それでも。
「本当に申し訳ないのですが、やっぱりあの本────ローリアは私に返して頂けませんか」
そう石神さんに言った。石神さんは
「あの魔導書は少々危険で強力過ぎますし、当機構の魔法使いでも解析出来ないブラックボックスがあまりに多すぎます。失礼ですが澄香さん一個人が所有するには手に余るかと思われます。当機構の方針と致しましても魔導書の危険を野放しにする訳には参りません。考え直して頂けないでしょうか」
「ローリアは、2人の想いが込められているんです。その想いは私が受け継いだものです」
生き続ける理由を、あの人たちに貰った。
「これは他の人に委ねる訳にはいきません。受け継いだ想いを持ち続ける事が、今の私の生き続ける理由なんです。ごめんなさい。この話はなかったことにさせて下さい」
「………困りましたね」
石神さんははにかんだような笑顔で、少し困った顔をした。
「では、このような案はいかがでしょうか。私共と致しましては、ローリアの危険性が無い事の確認と、魔法の研究の為の解析をさせて頂ければそれで結構です。それを踏まえましての折衷案となりますが、それらの解析が終わるまでの間、『塔』にローリアを預けて頂けないでしょうか。
その代わりと言ってはなんですが、澄香さんが異世界転移したこの世界で暮らして行く上での身元の保証と、ある程度の経済的な援助をいたします」
聞き取りやすい丁寧な喋り方で石神さんはそう言って、上品ににこり、と微笑んだ。
「いかがですか?」
私としては、祖母の本を所有しているという意識はなかったが、だからこそ他の人に触られるのは抵抗があった。
「解析というのは何をして、いつ頃終わるんですか」
「そうですね────具体的にどう解析するかについてはお答えできかねる点も多いですし、内容的に口頭で説明しづらいため、回答可能な点につきましては後程書面でご説明いたします。いつ頃までかは現在の所未定とお答えせざるを得ませんが、最低4ヵ月は掛かるものと思われます」
「4ヵ月……」
少し長いと思ったが、それは仕方ない。
ウィッチシーカーを信用しよう。
「わかりました。よろしくお願いします。ですが、3日に1回は様子を見せて頂けますか」
そこは譲りたくなかった。
「承りました。責任を持ってお預かりします」
石神さんは
「ところで澄香さん、話は変わりますが、今後の予定などはお決まりでしょうか」
「今後の予定……」
考えていなかった。ローリアを黒枝から託されるまでは、献本した後は死ぬつもりだったからだ。
今はそうはいかない。どうするべきだろうか。────私はどうしたいのだろうか?
石神さんは黙って、微笑みながらこちらを見ている。
私はしばし考え、結論を出した。
「学校────行ってみようかな」
そう呟いた。前の世界では長い間、休学しており、休学中は祖母の家で家事をやったり通信教育を受けたりしていた。これからは自立して生きていかなければならない。
とはいえ今は異世界に来た都合上、経済的にも完全に自立する事は無理だった。ある程度ウィッチシーカーのお世話になるしかない。
「石神さん、生活費と家賃、それと入院費も祖母の遺してくれたお金から出します。住む所も学校も自分で探します。この世界で暮らしていく戸籍の確保と高校にいる間の学費をお願いできますでしょうか」
「承りました。学費だけでよろしいのですか。それら全てこちらで用意できますが」
「ありがとうございます。お気持ちだけで大丈夫です」
祖母はずっと私を護ってくれていた。私は祖母の優しさに甘えていた。これからは自立して生きていかなければならない。自立して生きていけるという事を証明し続けなければならない。
何故か涙が出てきた。理由は自分でも分からない。私は泣きながら、笑ってこう言った。
「先に進まなくてはいけませんから」
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