第31話 監視カメラとして使おう
車の中で僕は、その時を息を殺して待っている。
姉が幹事を務める「魔法のメイド プリズムみーしゃ」というアニメのオフ会は、僕の目の前のレストランで、午後七時から開かれることになっていた。
姉が何度も合コンで使っていて、オーナーに顔が利き、予約の当日変更にも対応してもらえるってことで決めたらしい。
金曜の夜だけあって、通りは人が多いし、窓から見える店内も混雑し始めた。
僕は、通りの反対の駐車場に停めた車の中から、そのレストランを見張っている。
車の中には、僕の他に、和麻呂と園乃さんがいた。
二人とも、僕と同じように、真っ暗な車内で静かに辺りの様子を窺っている。
小巻さんらしいハンドルネーム「太巻」さんからオフ会に出席するって書き込みがあったって報告したら、和麻呂が園乃さんの運転する車で、僕の家まで飛んできた。
家に来た第一声が「やったな!」で、和麻呂は興奮していた。
姉も含めてみんなで対策を話し合った結果、姉が計画通りにオフ会を開いて、僕達はそのレストランが見える駐車場で、小巻さんが来るのを待つことになった。
僕達が店内や周辺をうろうろしていたら、小巻さんに見つかって逃げられてしまうかもしれないし、そもそも、僕達を見た時点で、帰ってしまうかもしれない。
だから僕達は、集合時間の一時間前にはもう、この駐車場に入って、静かにその時を待っていた。
もちろん、待っているのは僕達だけじゃない。
車窓に顔を寄せて、僕のスマートフォン、花圃も辺りを見ている。
和麻呂の超子様、笑子さん、そして、園乃さんの竜人も、並んでレストランの方向を監視していた。
スマートフォンのみんなは、高性能カメラと顔認識アプリで、たとえ小巻さんが変装していても、本人を見つけ出すっていう、僕達人間にはない能力を持っている。
特に、和麻呂の超子様は、双眼鏡みたいな形の、暗視スコープ・アタッチメントをカメラに付けていて、暗闇の中でも絶対に見逃さない。
僕達はそんな万全な体制で、小巻さんが現れるのを待っていた。
レストランの店内では、花柄のワンピースに薄黄色のカーディガンで、メイクもキメキメの姉が、奥の予約席に陣取っていた。
姉は小巻さんと顔を合わせたことがあるから、予約した席は入り口からは見えない奥の位置にしてもらったらしい。
隣り合った六人掛けのテーブル二席、そこにはまだ姉だけで、参加者は一人も来ていない。
店内の様子は姉のスマートフォン、「ミズキ」がモニターしていて、それを笑子さんが受信して、和麻呂のノートパソコンで見られるようになっていた。
映像と一緒に音も拾っていて、店内の様子は手に取るように分かる。
「そっち、異常ないわね」
姉の声が、ノートパソコンのスピーカーから聞こえてきた。
「はい、異常ありません」
和麻呂が答えて、それはミズキから姉に伝わったはずだ。
時刻は6時30分。
そろそろ、参加者の誰かが来てもいい頃だ。
「それで、お前は小巻さんが来たらどうするんだ?」
和麻呂が僕に訊いた。
園乃さんのSUVの中で、和麻呂は助手席にいて、僕は後席にいる。
そういうふうに訊かれて、改めて考えてみると、正直、僕はどうしていいのか、分からない。
小巻さんを探すことばかり考えていて、その先のことは、あんまり考えてなかった。
「とりあえず、小巻さんの無事を確認したい。そして、今の状況を知りたい。ちゃんと普通の生活が送れてるのか。困ったことに巻き込まれてないか。それに、本人の口から、なんで僕の前から姿を消したのか、訊きたい」
僕が言うと、運転席の園乃さんが頷く。
園乃さんは急いで来たからか、制服のブレザーのままだった。
「問い詰めたり、大きな声を出したりはするなよ」
和麻呂が言った。
「しないよ」
僕はそんなことしない。
小巻さんが来て無事な姿を見たら、感情があふれて、泣いちゃうかもしれないけど。
「そうだよ。瑞樹君はそんなことしないよ」
園乃さんが言ってくれた。
「どうぞ、こちらです」
僕達がそんな話をしていると、店員さんが客の一人を姉のテーブルに導く声が聞こえる。
一人目の参加者が来たみたいだ。
「はじめまして。あなたが『黒板消し』さん?」
「黒板消し」とは姉のハンドルネームだ。
ミズキから送られてきた映像によると、その人は姉と同年代か、ちょっと上の、二十代半ばの女性だった。
社会人で仕事帰りなのか、紺のスーツにトートバッグという姿で現れる。
「私、『クルトン
その人が言うと、姉が、「ああ!」って興奮して、二人は固く手を取り合った(ちなみに、クルトン侯爵は、プリズムみーしゃに出てくるキャラクターの名前だ)。
二人は、お互いに本名を名乗った。
そして、その人は姉に、オフ会を開いて幹事になってくれたことへのお礼を言う。
すると、そのあと、五人が立て続けにレストランに入って来て、姉のテーブルに導かれた。
女性三人、男性二人が、同じようにハンドルネームを名乗ってテーブルに着く。
女性三人はやっぱり二十代中盤で、男性の一人は二十代、一人は三十代だった。
その、三十代の人が、県外からわざわざこのオフ会のために来た熱心な人らしい。
初めて会うのに、みんな、昔からの友達みたいにすぐに打ち解けた。
掲示板を通して交流してるから、これが当たり前なんだろうか。
耳を傾けると、「プリズムみーしゃ」のかなりコアな話をしてるのが、僕には分かった。
でも、和麻呂と園乃さんには、話の内容がちんぷんかんぷんみたいだ。
そんな話が続く中で7時、10分前になった。
まだ、小巻さんらしき人は現れない。
僕がレストランの入り口と、和麻呂のノートパソコンの中の様子とを行き来して見ていたら、車窓から外を見ていた花圃が、僕の肩に乗って、耳を引っ張った。
「あれ見て!」
花圃が、声を低くして言って、指で示す。
それは、この車から3メートルも離れていない、通りのこっち側の、捨て看板の後ろだった。
そこに、僕が知っている後ろ姿があった。
その人は、捨て看板の後ろから、レストランの店内を見ている。
道路を挟んだこっち側から、中を確認しているみたいだ。
その人は、ボトルネックの半袖のブラウスに、水色のスカート、そして、以前、小巻さんが持っていたのと同じ、白いショルダーバッグを持っていた。
すぐ目の前にいたのに、僕は、レストランの方ばかり見ていて、花圃に言われるまで、それに気付かなかった。
幸いなことに、その人も、駐車場の中の僕達には気付いていないみたいだ。
まさか、こんなところで、車の中に僕達がいるなんて、思ってないんだろう。
その人は、そのまましばらく、店内の様子を見ているつもりらしい。
安全を確認してるんだろうか。
3メートルと離れていないところに、小巻さんらしき人がいる。
それだけで、僕は、震えるくらい緊張した。
和麻呂と園乃さんも気付いて、二人は体を低くして、車のドアに隠れる。
振り向いたら、僕達と目が合ってしまうような、そんな距離にいるのだ。
そのまま時刻は7時を過ぎた。
その人は、なおも店内を見守っている。
その背中を見ていたら、僕は、いつの間にか車のドアを開けていた。
「おい、馬鹿!」
和麻呂が、声を殺してそう言ったような気がする。
僕は車から降りて、その人物の後ろに立った。
もう、手が届くところに、その人がいる。
「小巻さん?」
僕が、声をかけた。
びっくりして振り向いたその人は、確かに、小巻さんだった。
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