第11話 連絡先を交換しよう

 朝、彼女はやっぱり、いつもの電車の、いつものドアの所にいた。


 いつもと同じように、ドアの脇に寄りかかって、いつもと同じように、達観した視線で外を見ている。


 電車に乗り込んだ僕も、いつもと同じ、彼女が見える場所に立った。

 つり革につかまって、いつもと同じように、彼女を盗み見る。



 今日の彼女はスプリングコートを脱いで、カーディガンを着ていた。

 白いシャツにミニスカートで、ちょうど、花圃みたいな格好をしている。


 彼女が脇に抱えるトートバッグからは、スマートフォンが顔を出していた。

 彼女のスマートフォンも、女性型で、栗色の髪をポニーテールにしている。

 スマホケースは、メイド服みたいだ。

 臙脂えんじ色のメイド服に、白いエプロンで、頭にフリフリのホワイトブリムをつけている。

 どこかで見たことがあるようなデザインだけど、どこで見たのか思い出せない。


 そのスマートフォンは、周囲を警戒するように、乗客を見回していた。

 車内は、全ての座席が埋まって、立っている乗客が、お互いに触れることなく乗れる程度に混んでいる。

 彼女のスマートフォンは、その全てを疑うみたいに、鋭い視線を送っていた。


 メイド服を着てるし、ご主人様を守る、って感じで警戒してるんだろうか。

 それにしては、ちょっと大げさな気がするけど。


 彼女は何か、狙われたりすることが、あるんだろうか。




 電車が走り出したところで、制服の胸ポケットに入っていた花圃が、そこから抜け出して、僕の肩に乗った。

 電車が揺れるから、花圃は、僕の耳たぶを持ってバランスを保つ。


「彼女、今日も可愛いね」

 花圃が彼女を見ながら僕の耳に顔を寄せて言う。


「うん」

 それには、全く同感だ。


 さりげなく見たら、彼女もカーディガンの袖に手を隠して着ていた。

 これは、僕の萌えポイントで、花圃と同じだ。

 偶然でも、彼女がそれを再現してくれていて、なんか、嬉しい。

 別に、僕ためにやっているわけじゃないのは、分かってるんだけど。


「じゃあ、私はちょっと行ってくるから」

 突然、花圃がそう言った。

 そう言ったかと思ったら、僕の肩からぴょんと跳んで、つり革に掴まる。


「え、ちょっと、花圃」

 行くって、どこへ?

 突然で止めることが出来なかった。

 僕が手を伸ばしたときには、花圃はもう、手が届かない所にいる。


 花圃はつり革を揺らして、反動をつけて、次のつり革に飛び移った。

 次のつり革をがっちりと掴むと、また反動をつけて、次のつり革まで跳ぶ。

 それを何度も繰り返して、花圃は、乗客の頭の上を跳んでいった。


 スマートフォンが跳んでいくのを見て、いぶかしげに見る人もいたけど、ほとんどの乗客は、無関心だった。

 厄介なことに巻き込まれまいと、無関心を装っているだけなのかもしれない。

 花圃は、その人達の上を、平気で跳んでいった。


 さすが、最新機種の運動能力、って、感心してる場合じゃない!



 花圃が、目指しているのは、もちろん、彼女だった。

 ドアの脇に立つ、僕の一目惚れの相手だ。


 知らないスマートフォンがつり革を跳んでくるのに気付いて、彼女は不思議そうに花圃を見た。


 一つずつ、つり革を跳んだ花圃が、とうとう彼女のすぐ横のつり革まで辿り着く。

 すると、花圃は、片手を離して、彼女に対して手を振った。


 花圃が何か言葉を発したのか、彼女が頷く。


 そして花圃は、反動をつけてつり革から彼女の方へ跳んだ。


 落ちる、と思った瞬間、彼女が左手を出した。


 花圃は、彼女が出したそのてのひらの上に、スッと着地する。

 ってゆうか、彼女が上手く、花圃をキャッチしてくれた。


 彼女のメイド服のスマートフォンが、トートバックから出て、彼女の肩にとまる。

 二台のスマホは、向かい合ってお互いに手をかざしあった。

 スマートフォン同士、通信しているみたいだ。


 彼女が僕のほうを見た。

 花圃が僕のスマートフォンって、分かってるみたいだ。


 僕は、すみませんって感じで、彼女に頭を下げる。

 何度も頭を下げたから、卑屈ひくつに見えたかもしれない。

 髪型、ちゃんとしてただろか、とか、僕はそんなことを考える。


 彼女に迷惑をかけた花圃を回収しに行こうにも、車内は微妙に混雑していて、彼女のところまで行けそうもなかった。


 まったく、花圃の奴!

 なんで、こんな勝手なことを!


 花圃は、僕のことなんかお構いなしで、しばらく手をかざして彼女のスマートフォンと通信する。

 そして、それが終わると、彼女に対してペコッと頭を下げた。

 彼女も、軽く頭を下げて応じる。


 すると、彼女の元へ行ったときと同じように、花圃は一つ一つ、つり革を伝って、こっちに戻って来た。


 戻ってきた花圃は、悪びれることがなく、生意気そうな顔をしている。


「おい、花圃!」

 僕は花圃を叱ろうとした。


 僕が花圃に命令して、彼女の元へ向かわせたと思われたら、どうしよう。

 スマートフォンを送り付けるストーカーとか、思われたらどうするんだ!


 いくら、性格をツンデレに設定したとはいえ、勝手にこんなことされたら困る。

 やっぱり、設定を従順な性格に変えよう。

 学校に着いたら、すぐに変える。


「なんで、あんなことしたんだ!」

 僕は小さな声で花圃を問いただした。


 でも、花圃の次の言葉が、逆に僕を黙らせた。


「彼女の連絡先、ゲットして来てあげたわよ」

 花圃が言った。


「電話番号も、メールアドレスも、聞いてきてあげたわ」

 花圃は腕を組んで、鼻高々、って感じだ。


 えっ?

 彼女の電話番号と、メールアドレス聞いて来たって?


「えっ? えええー!」


 僕は、電車の中にも関わらず、大声を出してしまった。


 周囲の乗客に注目されてしまって、僕は「すみません、すみません」と頭を下げる羽目になる。


 そんな僕を見て、遠くで彼女が笑っていた。

 彼女は、口に手を当てて、可愛く笑う。


 彼女が笑うとこ、初めて見た気がする。

 いつも、詰まらなそうな顔をしている彼女の、飛び切りの笑顔だ。

 彼女の笑顔は、僕が彼女に一目惚れしたときの顔よりも、断然可愛い。

 そして、彼女は笑うと頬っぺたに笑窪ができるのも分かった。


 でも、花圃、これは一体、どういうことなんだ!


 彼女の連絡先をゲットしたって、どういう……


 最新型のスマートフォンって、そんなこともできるのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る