第7話 ストアでアプリを買おう
「え?
「おっ、可愛いじゃん」
「見せて、見せて」
スマートフォンの花圃を肩に乗せて教室に入ったら、目ざとく見付けたクラスメートが口々に言った。
「ようやく、瑞樹もスマホデビューか」
「使えるのか?」
「機種、何にした?」
僕の机の周りにみんなが集まって来る。
僕のクラス、2年C組のクラスメート
「
僕が言うと、肩の上の花圃が、「こんにちは」と、みんなに頭を下げる。
「マジか、最新の奴じやん」
「iotaフォンってまた、マニアックな」
「高かっただろ」
「何テラモデル?」
僕は、クラスメートと、そのスマートフォンに囲まれた。
「私は256テラバイトモデルです」
僕の代わりに、花圃が答える。
「へえー」
みんなの目が、羨望の眼差しに変わったような気がした。
もう、僕を見下したような視線はない。
みんなの肩に乗ったスマートフォンも、興味深げに花圃のことを見ていた。
もしかしたら、同じクラスのスマートフォン同志、バックグラウンドで色々と通信しているのかもしれない。
「新機種いいな、俺も、そろそろ買い換えるかなぁ」
クラスメートの一人が言って、その肩にいるスマートフォンが、少し悲しそうな顔をする。
「着せてる服も可愛いね」
松本さんが褒めてくれた。
松本さんはクラスの副委員長で、誰にでも面倒見がいい女子だ。
「これ、ご主人様に選んでもらったんです」
花圃が松本さんに言う。
でも、それは嘘だ。
この服は、スマホケースショップで僕が選べなくて、結局、花圃に選んでもらった。
「へえ、瑞樹君て、センスいいんだ」
松本さんが言う。
花圃のやつ、僕のためにあんな嘘をついてくれたらしい。
本当に、花圃は僕にはもったいないくらいの、良くできたスマートフォンだ。
「おはよう、はい、みんな、席に着いて」
チャイムが鳴って、担任の
担任の
どちらかというと、ぽっちゃりしていて、笑顔が素敵な二十代半ばの先生だ。
もちろん、先生の肩にもスマートフォンが乗っている。
先生は、男性型じゃなくて、女性型の、それも、小学生くらいに見える幼女のスマートフォンを使っていた。
「はい、じゃあ、皆さん、スマホをスリープモードにしてくださーい」
美晴先生が言った。
授業中や、ホームルーム中のスマートフォンの扱いについて、我が校の先生達の態度は大体三つくらいに別れる。
授業中は、机か、鞄の中に仕舞って、絶対に使ってはいけないとする、完全否定タイプの先生。
スリープモードにしておけば机の上に置いてもいいとか、テストの最中だけ電源を切っておけばいいっていう、中間タイプの先生。
そして、授業中も自由に使っていいとする、放任タイプの先生、この三つだ。
僕の担任の美晴先生は、中間タイプで、授業中とかもスリープにしておけば、別に文句は言わない。
「じゃあ、私は少し休むね」
花圃は僕が何も言わなくても、先生の言葉を聞いて、自分からスリープモードに移行した。
前に設定した通り、女の子座りで机の隅に座る。
「友人の和麻呂さんから、早くスマホ見せろって、メッセージが来てたわよ」
最後にそう言い残して、花圃は黙った。
花圃は僕の机の上で、女の子座りで固まって、フィギュアみたいになる。
僕だって、早く和麻呂に花圃を見せてやりたい。
「はい、じゃあ、出席をとりまーす!」
美晴先生が言って、ホームルームが始まった。
「おう、瑞樹、その子か!」
昼休みになって、クラスが違う和麻呂が、僕のクラスまで花圃を見に来る。
和麻呂は、僕なんかそっちのけで、机の上の花圃に近づいた。
「やっぱ、SD32いいなぁ、動きとか、ぬるぬるだよな」
和麻呂が、食い入るように、花圃を見ている。
和麻呂は中肉中背って言葉がぴったりなやつで、身長が170㎝くらい。
短い髪は、寝癖なのかくせっ毛なのか分からないけど、いつもボサボサで、無造作にしている。
イケメンでもブサメンでもないけど、一重まぶたの目が鋭くて、普通にしていても睨んでいるように見えるから、色々と誤解を招きやすい。
「細かい造形も手を抜いてないな」
和麻呂が花圃を凝視して言った。
和麻呂の前でくるくる回る花圃が、なんだか恥ずかしそうだ。
すると、和麻呂が突然、花圃のスカートに手を掛けて、めくろうとした。
そしたら、
「なにやってんだこのボケ!」
和麻呂の肩に乗っていたスマートフォンが、主人である和麻呂を声高に
「おまえ、人様のものに勝手に手を付けてんじゃないよ!」
和麻呂のスマートフォンは、和麻呂のほっぺたを蹴飛ばして言う。
そうだった。
スマートフォンを五台持つ、スマートフォンマニアの和麻呂がメインに使っているのが、この「
しかも、MODを入れて改造して、本来なら、喋らせられないような汚い言葉も使えるようにしてるから、迫力が違った。
スマホケースはエナメルのボンデージ風で、ピンヒールの靴を履いて、
髪は金色で、細い眼鏡をかけてるし。
超子様の前では、ツン状態の花圃が可愛く見えるくらいだ。
「あんた、大丈夫? こいつが非常識なことしたら、私みたいに蹴っちゃっていいから」
超子様が、花圃に言った。
助けてもらった花圃が、コクリと頷く。
超子様、助けてもらったのは嬉しいけど、花圃に変な教育をしないでほしい。
「あらあら、超子ったら」
すると、和麻呂の胸ポケットから、もう一台のスマートフォンが顔を出した。
スマホを二台持ちしている和麻呂が、普段使っているもう一台が、この
超子様とは真逆で、優しくて、丁寧な言葉使いの、笑子さん。
着物に割烹着のスマホケースで、落ち着いた雰囲気を
名前の通り、いつも朗らかに笑っている、にこやかなスマートフォンだ。
性格が真逆のスマートフォンを二台持ちしていて、和麻呂はよく混乱しないものだと感心する。
「よし、みんなで踊らせてみようぜ」
和麻呂が花圃の前に、超子様と、笑子さんを並べた。
「昨日、『Party Make』の新曲と、ダンスモーションをストアで買ったんだよ。三台揃ったんだから、それで踊らせよう」
和麻呂が言う。
「Party Make」とは、今、大人気のアイドルグループだ。
メンバーは、な~なと、ほしみか、そして、ふっきーの女性三人。
ダンスポップユニットとして、EDMっぽい曲をリリースし続けていて、三人がぴったりとシンクロしたダンスで有名だ。
「ええと、私、ダンス出来ません」
花圃が、少し肩身が狭そうに言った。
「なんだ、瑞樹、ダンスアプリ、入れてないのか?」
和麻呂が訊く。
「うん、入れてない」
まだ花圃の基本機能も全部使いこなせてなくて、アプリとか試してる時間がなかった。
普段から瑞樹が踊らせていてるのを見てるから、すごく興味があったんだけど。
「それじゃあ、今、ストアでアプリ買って、入れてみろよ。簡単なダンスアプリだったら、200円くらいで買えるぞ」
和麻呂が言う。
「ポイントが、まだ少し残ってます」
花圃が言った。
「分かった。それじゃあ、ポイントで買う」
アプリとか買うの初めてだし、詳しい和麻呂がいるところで試した方がいいかもしれないと思った。
三台が揃ってダンスをするところも、見てみたいし。
和麻呂からおすすめのダンスアプリを聞いて、花圃にインストールした。
口頭でアプリの名前を伝えるだけで、インストールは一瞬で終わる。
花圃が自分でアプリをダウンロードして、決済まで、全部やってくれた。
「よし、じゃあ、始めるか」
和麻呂が言うと、昼休みに教室に残ってたクラスメートが僕の机の周りに集まって来る。
花圃が右側に、超子様がセンターで、笑子さんが左側にフォーメーションを組んで、机の上に立った。
「ミュージック、スタート」
和麻呂が言うと、三台の体に付いているスピーカーが同期して、四つ打ちの曲が流れ始める。
小さなスピーカーだけど、机に共振して、バスドラムがけっこう響いた。
それに合わせて、三台が踊り始める。
立ち位置を目まぐるしく変えながら、小さな三台が、ぴったりと息が合ったダンスを見せた。
実際にこうやって三台が踊っているのを見るのは、テレビとかタブレットでミュージックビデオを見るのと違って、生々しい感動があった。
本物のライブを上から見下ろすのが、神の視点みたいで面白い。
机の周りに集まったクラスメートも、体でリズムをとったり、拍手したりして、楽しそうに見ていた。
でも、ずっと見てると、やっぱり、和麻呂の超子様と、笑子さんのダンスの動きは、花圃とは違った。
なめらかだし、止めるところはぴったりと止まっている。
和麻呂は多機能なダンスアプリを使ってるし、スマートフォン自体もカスタマイズしてるから、こんなふうに踊れるんだろう。
「いろんなアプリを試して、その機種に合ったのを見つけるといいよ」
和麻呂がアドバイスしてくれた。
やっぱり、アプリか……
またお金が掛かりそうだ。
でも、和麻呂のスマートフォンのダンスを見ていたら、花圃をもっと上手に踊らせたり、いろんなことが出来るようにしてあげたくなった。
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