第27話 長い話を聞こう
「彼女の名前は、高橋小巻じゃない。本当の名前は
花圃が言った。
小庄司小巻……
「みんなで確かめたように、小巻さんはあの高校の生徒じゃないし、高校生でもないわ」
花圃が続ける。
「全部、嘘だったってこと?」
僕は訊いた。
「そういうことになる」
花圃が目を伏せて残念そうに答える。
分かってはいたけど、はっきり言われると、衝撃的だった。
小巻さんが、名前も身分も
その事実に、全身の力が抜けそうになる。
「でもね、小巻さんにはそうしなければいけない理由があったの。だから、小巻さんが嘘ついてたこと、悪く思わないでほしい」
花圃が、テーブルの上で、僕を見上げて頼むように言った。
もちろん、そこには何かの理由があるんだろう。
理由もなしに、ただ、僕をからかって楽しもうとしてただけどか、考えたくない。
小巻さんがそんなことする人だとは、どうしても思えない。
「話して、その理由」
僕は花圃を
「話が長くなるかもしれないけど……」
花圃が言う。
「話、長くなるのか。よし、ちょっと待ってろ」
和麻呂はそう言って立ち上がると、部屋を出て行った。
残された僕と園乃さんは、顔を見合わせる。
和麻呂は部屋を出て台所に行ったみたいだ。
少しすると、台所のほうから、包丁の音が聞こえた。
油でなにか炒めているような音も聞こえてくる。
「なんか、食べるものを作ってくるんじゃないかな?」
園乃さんが言った。
そういえば、時刻は午後六時を過ぎている。
お昼に学校で弁当を食べてから、飲まず食わずだったことに、僕は今頃気付いた。
興奮していて、自分のお腹が減ってることにも、全然、気付かなかった。
「マメでしょ? 私、そういうところを好きになったのかも」
園乃さんが和麻呂のこと、そんなふうに言う。
和麻呂は10分もかけないで、手際よく五目焼きそばを三皿作って、部屋に持ってきた。
ワンタン入りのスープも添えてくる。
「腹が減っては戦ができぬ、だろ。食べてから話を聞こう」
和麻呂が言った。
和麻呂は、今から花圃がする話が、僕にとって辛い話になるかもしれないから、少しでも励まそうって、こんなことしたんだろう。
ぶっきらぼうだけど、普段からこんなことをする、本当に気が利く奴だ。
僕はありがたく、焼きそばをかきこんだ。
パパッと作ったにしては、
お腹が空いていたから、僕はあっという間に平らげてしまった。
僕達が食べているあいだ、スマートフォンのみんなも、充電台の上に乗って充電していた。
花圃も、超子様も、笑子さんも、竜人も、ぐりふぉんも、これからに備えるって感じで、充電台の上で静かにしている。
外では、雷がまだゴロゴロ鳴っていた。
今は遠いけど、段々こっちに近づいてきてるみたいだ。
「それじゃあ、話すわね」
そこにいる全員がおなかを満たしたところで、花圃が言う。
花圃はテーブルの上に立って、体育座りの他のスマートフォンが、それを囲んでいた。ぐりふぉんだけ、お座りだ。
「小巻さんは、小学生の頃に、お父様を亡くしてるの。交通事故でね」
花圃が言う。
いきなり、心にぐさっとくる話だった。
「それからしばらくは、小巻さん、お母さんと二人で暮らしてたんだけど、お母さんが再婚することになって、新しい父親と、三人で暮らし始めたの」
花圃は、淡々と話す。
「だけど、一緒に生活してしばらくすると、その新しい父親が、お母さんとか、小巻さんに暴力を振るうようになったの。その結婚は長く続かなかった。半年もしないで、離婚して、小巻さんとお母さんはまた、二人の生活に戻ったの」
「だけど、離婚してからもその暴力男は、しつこく二人につきまとった。家に来たり、お母さんの職場に現れたり、酷いときは、小巻さんの学校に来たりしたの」
「それで二人は、その男から逃げるように住居を転々とした。そういう、DVから守るような施設とか、シェルターにも入って、身を隠したりもしてたらしいんだけど、そいつは執念深く、どこに逃げても追ってきたの」
「そのせいで、小巻さんは中学校を何度も転校した。高校にも入学したんだけど、そのすぐあとに見つかって、引っ越ししなきゃならなくなって、結局、高校はやめたの」
僕が、両親や、面倒見がいい姉に囲まれて、
「相手はしぶとい男で、逃げても、隠れても二人を見つけ出した。警察に訴えようとしても、証拠を残さないし、自分が直接手を出さない、嫌らしい奴だったの」
「畜生め!」
話を聞いていた超子様がそう言って、自分の手のひらを拳で殴った。
まあまあ、と笑子さんがなだめる。
「小巻さんとお母さんは、見つかるたびに逃げて、そして、ここに来て、やっと今の場所に落ち着いたの」
そこは、僕達の最寄り駅から、二つ前の駅周辺にあるマンションだったらしい。
「そして、小巻さんは、落ち着いたところで、高卒認定試験を受けて、大学受験するために予備校に通い始めた。ここで電車に乗ってたのは、その予備校に通うため。だから、毎日、同じ時間に、同じ電車に乗ってたの」
「そこで、瑞樹と出会ったってことか」
和麻呂が言った。
「はい、そうです」
花圃が頷いた。
僕がまだ声をかける前、小巻さんが電車の中で、
そんなことがあったから、小巻さんはあんな顔をしていたのか。
「その頃、小巻さんのスマートフォン、みーしゃは、小巻さんのことを心配していたの。そんな理由で、周りに友達を作ることも出来なかったから、小巻さん、いつも独りぼっちだったし、誰か、一緒に話したりする人がいたらなって、考えてたの」
「そのとき、花圃ちゃんが小巻さんのところに行ったのね」
園乃さんが訊く。
「はい、それで私がみーしゃと情報を交換して、彼なら大丈夫って信頼してくれたらしいんです。友達になって、話し相手になったり、一緒にどこかに行ったりしてくれれば、小巻さんの気も晴れるだろうって」
僕は、そんなことを知らずに付き合ってた。
彼氏になった気でいたのに、気付いてあげられなかった。
「そのとき、みーしゃは、小巻さんが偽名を使っていることを、私には教えてたの。どんなところから情報が漏れるか分からないから、仕方なく使ってるって言ってた。でも、私は、それは問題ないと判断したの。開示された他の情報から、小巻さん自身にはなんの問題もないことが分かってたし、小巻さんは、苦境の中でも自分をしっかり持って、前向きに生きてたから。そして、なにしろ、私の主人が、小巻さんに一目惚れしてたし」
小巻さんのみーしゃと、僕の花圃が情報交換したのは、ほんの一瞬だった。
その間に、花圃はこれだけの情報を交換して、
今更ながら、スマートフォンの能力には驚かされる。
「だから、小巻さんが嘘をついてたことは、許してあげてほしいの」
花圃が言った。
「もちろん!」
そこにいる全員と、全部のスマートフォンが頷く。
「それで、その小巻さんが、突然、いなくなったのは、どういうことなんだろう?」
僕は訊いた。
「それは、分からない。私が持ってるのは、小巻さんが消える前までの過去の情報で、今はみーしゃとも連絡がつかないし、小巻さんの今の状態は分からない」
花圃が答える。
「そうか……」
「もしかして、小巻さんが突然いなくなったのは、またその母親の元再婚相手に見つかったからじゃないかな?」
和麻呂が言った。
「家にその男が来たとか、予備校を嗅ぎつけられたとか。それで、危険を察して、姿を隠したんじゃないか? 小巻さんが、そういうことに瑞樹を巻き込みたくなかったから、何も言わずに消えたって考えたら、話が通ると思う」
和麻呂が続ける。
「そうだよね。小巻さん、ああいう子だし、きっとそうだよ」
園乃さんも頷いた。
そうだとすると、小巻さんはまた、お母さんと二人で逃げてるのか。
今頃、どこかで隠れるように暮らしているんだろうか。
この、日本のどこかで。
「なにか、小巻さんがどこに行ったか分かるような
僕は、花圃に顔を近づけて訊いた。
「小巻さんは、もうスマートフォンのキャリアを解約してて、みーしゃの痕跡を
「そうか……」
小巻さんが消えた事情は分かってきたけど、今の居場所の手掛かりは全くないってことか。
話し終わった花圃が、その場に座った。
機械だから疲れとか知らないはずなのに、疲れたって感じで、座り込む。
犬型スマートフォンのぐりふぉんが、花圃の顔をなめるような素振りをした。
花圃の話を聞いていたら、いつの間にか雷が収まっている。
雨も降ってないし、黒い雨雲は、どこかに行ってしまったんだろう。
「小巻さんが住んでた正確な場所は分かる?」
僕は花圃に訊いた。
「ええ、分かるわ。でも多分、そこも引き払ったあとだろうけど」
花圃が言う。
「そこに行ってみたい」
僕は言った。
僕は、小巻さんがどんなところに住んでいたのか、知りたかった。
そして、今はどんな小さな手掛かりでもいいから、欲しかった。
「小巻さんを探すのか?」
和麻呂が僕に訊いた。
「うん」
僕が頷くと、和麻呂は少し困ったような顔をする。
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