第28話 電子ロックを開けよう

 和麻呂も付き合うって言ってくれたけど、迷惑かけ続けるわけにもいかないし、小巻さんが住んでいたマンションには、僕と花圃だけで行った。


 放課後、僕は花圃を肩に乗せて、小巻さんが住んでいたマンションの最寄り駅に降り立つ。



 小巻さんがお母さんと一緒に住んでいたのは、駅から徒歩10分くらいのところにある、築30年の賃貸マンションだった。


 五階建てのマンションは、最近リフォームされたのか、外観は、それほど古さを感じない。


「ここの、205号室ね」

 花圃が言った。


 僕は階段で二階まで上る。

 205号室のドアに表札はかかってなかった。

 青い鉄製のドアの周りには、生活臭を感じるようなものは何も置いていない。


 僕は、ドアのチャイムを押してみた。


 部屋の中でチャイムは鳴ってるみたいだけど、反応はなかった。

 ドアに耳を当てて中の様子を窺っても、誰かいるような気配はしない。

 もしかしてと思って、ドアノブを回したけど、鍵が掛かっていて、ドアは開かなかった。


「あれ、この部屋、広告が出てる」

 ネットで確認して、花圃が言う。


「不動産情報のサイトに、この部屋が載ってるの。だからもう、契約は解除されてて、次の借り主を探してるみたいよ」

 小巻さんと連絡が取れなくなって、まだ一週間くらいしか経ってない。

 小巻さんは、僕が風邪で寝込んでた頃には、もう、この部屋から出ていったってことだろうか。


「ちょっと待って。ここ、スマートロックにリフォームされてるみたいだから、不動産情報サイトにアクセスすれば、中を見ることが出来るかもしれない」

 花圃が言った。


 マンションの部屋の鍵が電子ロックになっていて、不動産情報サイトに登録すれば、スマートフォンの花圃に解除キーが送られて、大家さんや不動産会社の立ち会いがなくても、中の下見ができる仕組みらしい。


「登録するけどいい?」

 花圃が訊いた。

「うん、お願い」


 登録は一瞬で終わって、電子ロックを解除する仮の鍵が、花圃に送られてくる。

 花圃がドアに手をかざすと、カチャッと音がして、かんぬきが動いた。

 ドアノブを回すと、ドアが開く。


「おじゃまします」

 誰もいないみたいだったけど、一応、僕はそう言って中に入った。



 入ってみると、部屋の中は家具一つなくて、空っぽだ。


 2LDKの間取りで、玄関のすぐ横が、バストイレ。

 その反対に洋間が一部屋。

 奥にリビング・ダイニン・グキッチンと、畳の和室がある。


 引っ越ししたあと、掃除の業者が入ったみたいに、中は綺麗になっていた。


 小巻さんの居場所の手掛かりになりそうな物を探そうと思ったけど、その痕跡は全て消されている。


 僕は、和室の押し入れの中とか、キッチンの棚の中とか、全部確かめた。

 洋室のほうが小巻さんの部屋だったんじゃないかって考えて、その部屋を念入りに調べる。

 でも、押し入れの中とか、壁と床の隙間とか、全部調べても、紙切れ一枚見つからなかった。

 髪の毛一本、ない感じだ。


 たった一週間で、こんなに綺麗に痕跡を消せるんだろうか。


「小巻さん達は、見つかったらいつでも逃げられるように、準備してたんじゃないかな」

 花圃が、そんなことを言った。

「荷物とかも、いつでも持ち出せるように、前の引っ越し先から、荷ほどきもしないでいたとか」

 花圃が言うとおりだったとしたら、小巻さんは普段の生活を、そんな窮屈な状態で送ってたってことだろう。

 僕と付き合ってる間も、そんな状態でいたんだ。


 僕はそんな小巻さんに優しく出来てただろうかって、自問する。

 そんな小巻さんを、少しでも笑顔に出来たかって、考えた。



 暗くなるまで粘ってみたけど、結局その部屋では何も見つけられなかった。


「明日、小巻さんが通ってた予備校に行ってみようか?」

 僕は、花圃にそう言って、部屋を出る。






「あっ、いるいる。知ってるよ、この子」

 小巻さんが通っていた予備校で、手当たり次第に、何人もの生徒に写真を見せてたら、一人だけ小巻さんを知ってるって人がいた。


 栗色のショートカットの女性で、ミサキさんっていう人だ(それが名字なのか名前なのか、分からない)。

 年齢は、僕達と同じくらいで、背丈も僕と同じくらいある人だ。

 ミサキさんは、ドット柄のシャツにショートパンツで、さっぱりとした格好をしている。


「彼女、今でもここに来てますか?」

 僕は訊いた。

 手掛かりが見つかって、夢中になってたから顔を近づけてしまって、びっくりさせたかもしれない。


「ううん、そういえば最近は見ないかな。来てないかも」

 ミサキさんは、戸惑いながら答えた。


「いつ頃から来てませんか?」


「さあ、分からないけど、たぶん一週間くらい前かな」

 首を傾げながら言う。


「ここで、彼女と親しくしてた人とか、彼女のことをよく知ってそうな人とか、いませんか?」


「そうだな、可愛い子だったから目立ったけど、周りとは話したりしなかったから、いないんじゃない? 少なくとも私は、ここで彼女が誰かと話してるところ、見たことないよ」


「最近、僕みたいに彼女を訪ねて来た人とか、いませんか?」

「さあ、いないと思うけど」

 質問攻めにしてしまったけど、ミサキさんは全部に真摯に答えてくれた。


「そうですか……」


 やっと知ってる人を見つけたのに、小巻さんに繋がる最後の線が消えそうだ。



「彼女に何かあったの?」

 今度はミサキさんのほうから、僕に訊いてきた。


「はい、彼女引っ越したみたいで、突然、いなくなっちゃって。それで、探してるんです。ここに通ってたのは知ってるから……」


教務課きょうむかに訊いてあげようか?」

 僕が困った顔をしていたら、ミサキさんが言ってくれた。


「なんか、分かるかもしれない。訊いてあげるよ」

 ミサキはそう言って、僕を教務課まで連れて行ってくれる。

 ちょっとしゃべっただけだけど、ミサキさんは姉御肌あねごはだで、困っている人を放っておけない人みたいだ。

 それとも、僕が、弟オーラを出してたんだろうか。




「個人情報については、教えることは出来ません」

 せっかく、ミサキさんが教務課に連れてってくれたのに、事務員の女性は、取り付く島がなかった。

 小巻さんに関する情報どころか、ここの生徒かについても答えてくれない。


「この子がまだこの予備校に籍を置いてるかだけでも、教えてもらえないでしょうか?」

 ミサキさんが粘ってくれた。


「いいえ、それも答えられません」

 事務員の女性はきっぱりと言う。


「彼女に参考書を貸したままなんですよ。もし、やめちゃったんなら、また、買わなきゃならないし」

 ミサキさんはさらっと嘘をついた。


「そんなことで時間食ったら、受験落ちちゃうかもしれないし。ここの予備校の合格率、下げちゃうかもしれない」

 ミサキさんはそんなことを言う。


 事務員の女性は、下唇を噛んでしばらく考えていた。


 そして、さりげない感じで、

「高橋さんなら、やめました。引っ越しをされたそうです」

 そう答えた。


「ありがとうございます。それで、彼女の引っ越し先とか、分かりませんよね?」

 ミサキさんがさらに突っ込んでくれる。


「ええ、伺ってませんし、知っていたとしても、それこそ、言えません」

 事務員の女性はそう言って、それ以上は何も答えなかった。




「ありがとうございました」

 僕はミサキさんにお礼を言う。


「ううん、いいの。あの子、あなたの彼女?」

 ミサキさんが訊いた。


「はい、そうです」

「いなくなっちゃたんだ」

「はい……」

 僕が答えると、ミサキさんも悲しそうな顔をしてくれる。


「そうか、見つかるといいね」


 一応、なにか分かったときのために、ミサキさんに僕の連絡先を教えた。


「ありがとうございました」

 僕は、もう一度お礼を言って、ミサキさんと別れる。



 これで、本当に小巻さんに繋がる痕跡はなくなってしまった。



「和麻呂さんから電話だよ」

 花圃が言う。

 和麻呂が? なんだろう?

 花圃に電話を繋いでもらう。


「お前、今日も小巻さんを探してるのか?」

 花圃が、僕の耳に口を寄せて、和麻呂の声で言った。


「うん、探してたけど、手掛かりは全部なくなった」

 僕は、和麻呂にマンションの件と予備校のことを説明する。


「とりあえず、帰ってこい。あんまり小巻さんを追いかけすぎると、お前自身がそのストーカー野郎みたいになっちゃうぞ」

 和麻呂が言った。


 和麻呂の言う通りかもしれないと思った。


 僕は、小巻さんがいなくなった真相を知りたくて探してるけど、小巻さんは探して欲しくないのかもしれない。

 僕の独りよがりかもしれない。



「今のお前の様子を見てて言うのを止めようと思ったんだけど、やっぱり言うぞ」

 和麻呂が前置きをした。


「ネットを探してて、もしかしたら、小巻さんかもしれない痕跡を見つけた」

 和麻呂が言って、それを僕に伝えている花圃も、びっくりしたような顔をする。


「可能性は低いけど、ゼロではないと思う」

 和麻呂が意味ありげに言った。


「すぐ行く!」

 僕は予備校を出て、電車に飛び乗る。

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