第29話 表計算ソフトを使おう

 和麻呂は、駅近くのファーストフード店で待っていた。


 僕が席に着くと、和麻呂が「とりあえずなんか食べろ」って言って、僕はハンバーガーを三口くらいで食べて、コーラで流し込む。

 僕が飲まず食わずでいたこと、和麻呂は分かってたんだろう。


 店内には、僕達と同じくらいの高校生のグループが数組いた。

 みんな、楽しそうに話をしながら、食べたり飲んだりしている。



「それで、小巻さんかもしれない、痕跡こんせきって?」

 僕は、和麻呂を急かすように訊いた。


「ああ、あれから、俺も、超子様と笑子さんに手伝ってもらって、ネットに小巻さんの情報がないか探してたんだ。お前が寄越した小巻さんの情報を、細かいところまで詳しく調べながらな」

 和麻呂が言う。


「色々探したけど、直接、小巻さんに繋がる情報はなかった。小巻さんらしい人物に関する情報はない。でも、ちょっと気になる痕跡はあった」

 和麻呂はそこで意味ありげに間を置いた。


「小巻さんのスマートフォンの『みーしゃ』って、『魔法のメイド プリズムみーしゃ』っていう昔のアニメから名前を取ったって言ってたよな?」


「うん、小巻さん、そのアニメ大好きで、そこから名前を取って、スマホケースもその衣装を自分で作ったって言ってた」

 マイナーなアニメだけど、小巻さんはそれの大ファンだって前に聞いた。

 僕も、テレビのチャンネル決定権を握っていた姉が好きだったから、無理矢理見せられてた。

 小巻さんと話すようになった最初の頃、その話で盛り上がったのを思い出す。



「これを見ろ」

 和麻呂はそう言って、脇に置いてあった自分のノートパソコンの画面を僕に見せた。


 パソコンにはインターネットのブラウザが立ち上げてあって、一つのサイトが表示してある。

 そのサイトには、僕もよく知っている、アニメのキャラクターが載っていた。


「これは?」


「『魔法のメイド プリズムみーしゃ』のファンが作った、ファンサイトだ」

 和麻呂が言った。


 確かに、サイトを飾っているのは「プリズムみーしゃ」のキャラクターだ。

 メイド服を着て、頭にホワイトブリムを付けたみーしゃと、お供のハムスターの「ゴロウ」のイラスト。


「このサイトの、掲示板のところだけどな」

 和麻呂がそう言って、ページをスクロールする。

 サイトの下のほうにある、掲示板の部分を出した。


 そこでは、このアニメのファンだっていう人達が、掲示板で色々とやり取りしていた。


 好きなエピソードの話で盛り上がったり、議論したり。

 グッズの情報を求めたり、絶版になった主題歌CDを探す人の投稿があったりする。

 自分やスマートフォンが、キャラクターのコスプレをした写真を載せている人もいた。

 自分で描いたイラストや、踊ってみた動画を載せてる人もいる。


 小巻さんと僕の姉、そして僕以外、誰も見ていないようなアニメだと思ったのに、全国には結構、このアニメを見ていて好きだったっていう人がいるみたいだ。



「この中の、ハンドルネーム『太巻ふとまき』っていう人の書き込みを見てみろ」

 和麻呂が言った。


 言われて読んでみると、その人は、キャラクターやストーリーに関する考察を書いていた。みんなからの質問に答えてたりして、このアニメに相当、詳しそうだ。

 時々、自分が描いたイラストなんかも上げている。


「俺はこれが、小巻さんなんじゃないかと思うんだ」

 和麻呂が言った。


「確かに、小巻さんはこのアニメが好きだったし、太巻いうハンドルネームで『巻』って漢字を使ってるけど、それだけでこれが小巻さんだって言えるのか?」

 なんか、こじつけみたいに感じる。


「根拠はそれだけじゃない」

 和麻呂は自信満々だった。


「この人の書き込みの日付を見てみろ」

 和麻呂に言われて、日付を見る。

 でも、それがなんで根拠になるのか、僕はピンとこなかった。


「分かりやすく、笑子さんがグラフにしてくれたから、こっちを見てみろ」

 和麻呂が言う。


 和麻呂はノートパソコンの画面で、表計算ソフトで作ったグラフを見せた。


「これは、その『太巻』っていうハンドルネームの人が掲示板に書き込んだ回数と、その日付のグラフだ」

 縦軸に書き込んだ回数、横軸が日付になっている。


「このグラフを見て、なにか気付かないか?」

 和麻呂が訊いた。


 そう言われて、よく見てたら、なにか解ったような気がする。


「この『太巻』って人は、お前と知り合う前までは一日に五、六回。多い日だと十回以上書き込みしてたのに、お前と付き合うようになって、回数が減ってる。特に、俺たちがダブルデートした日なんか、ゼロ回になった。その後も、一、二回か、書き込みゼロの日が続いてたのに、先週からまた増えてる。元に戻って、一日に何回も書き込みしてる」

 和麻呂の言う通りだった。


 グラフが元に戻ったのは、小巻さんがいなくなった頃と一致している。


「これは、偶然の一致じゃないだろ」

「うん、そうだね」


「あの!」

 花圃が僕と和麻呂に向けて、大きな声を出した。


「あの、前にみーしゃから開示された小巻さんのネットの閲覧履歴に、このサイトがありました」

 花圃が興奮した素振りで言う。

「ホントに!」


「確定だな」

 和麻呂が言った。


「この、ハンドルネーム『太巻』さんって、小巻さんだよ」

 本当にちょっとだけど、小巻さんに繋がるかもしれない線が見えてきた。



「これは俺の想像だけど、小巻さんは、ここに書き込んだりして、寂しい気持ちを紛らわしてたんじゃないのか? 逃げたり、隠れたりする生活の中で、このサイトは、小巻さんの心のよりどころになってたんだよ。だから、お前と付き合うようになって、書き込む回数が減った。そして、お前と離れてまた、元に戻った」

 和麻呂が言う。


 このサイトが、小巻さんが心を許せる場所だったのか。

 和麻呂が言うように、僕が小巻さんが寂しさを紛らわすのに、少しでも役に立ってたなら、それは嬉しいけど……



「でも、小巻さんがこの掲示板に書き込んでるっていうのは分かったけど、これからどうやって小巻さんを探せばいいんだろう?」

 書き込みだったら、全国どこからでも出来る。


「この掲示板の書き込みに返信したりしたら、小巻さんは、書き込むのを止めちゃうかもしれないだろ」

 僕は言った。



「それは俺も考えてた。それで、掲示板で、オフ会を開くって誘ってみたらどうだろう?」

 和麻呂が言う。

「あ、それいいアイディアかも」


「でも、普段書き込んでない人がオフ会やろうとか言っても、誰も信用しないんじゃない? 特に、今、小巻さんは用心してるだろうし。その状態で、のこのこと出てきたりしないと思うけど」

 僕達の話を聞いていた超子様が言った。


「確かにな」

 和麻呂が頷く。


「まずは、時間をかけてこの掲示板に書き込みを続けて、ゆっくりと、信頼してもらわないといけないんじゃないかしら。オフ会に誘うのはそれからで」

 笑子さんが言う。


「僕、それやります。このアニメのことは姉に見せられてて詳しいし、僕だってことを隠して投稿して、まず、信用してもらいます」

 時間はかかりそうだけど、小巻さんに繋がる唯一の線を、あせって切ってしまったりしたら大変だ。


「よし、じゃあ、お前が書き込みをしろ。くれぐれもバレないように気を付けろよ。俺たちは、他にも情報がないか、別を当たる」


「うん、ありがとう」

 僕は、和麻呂と、超子様、笑子さんに頭を下げた。

 みんなには世話になりっぱなしだ。


「でも、今日はもう、帰れ。帰ってゆっくり休め」

 和麻呂が言う。


「そうだよ。夜もあんまり寝てないし」

 花圃が言った。


 和麻呂に言われるくらい、僕の疲れは顔に出てたんだろうか。


「それじゃあ」

 僕は、礼を言って、大人しく家に帰った。


 ほんの少しの希望が持てたことで、ここに来る前より、ちょっとだけ足取りが軽くなる。





「瑞樹、ちょっと来なさい」


 家に帰ると、玄関で姉が仁王立ちしていた。

 タンクトップにショートパンツ姿の姉が、腕組みして待っている。


 僕はそのまま、姉の部屋に連れて行かれた。

 姉のベッドに座らされて、姉は椅子を持ってきて、僕の前に座る。


「あんた最近、帰りが遅いし、暗い顔してるし、なんかあった?」

 姉が僕に顔を近づけて訊いた。


 息がかかるような距離だ。


「もしかして、例の彼女に振られたとか? 騙されてたとか?」

 姉は、いきなり核心を突いてくる。


 姉の肩の上で、スマートフォンのミズキも心配そうに僕を見ていた。


「ほら、話しなさい。ここには、お姉ちゃんとミズキしかいないし。それとも、花圃ちゃんに訊こうか?」

 姉が、僕の肩から花圃を取り上げて、自分の手の上に乗せる。


 姉がこう言ったら、もう、全部話すまで部屋から出してくれないだろう。


「それが……」

 仕方なく、僕は姉にあらざらい話した。


 小巻さんが何も言わずに突然いなくなったこと。

 花圃のプロテクトを解いて、小巻さんの情報を引き出したこと。

 小巻さんの痕跡を辿たどって、マンションに行ったり、予備校に行ったりしたけど、小巻さんに繋がるような痕跡は見つからなかったこと。


 そして今日、和麻呂が小巻さんに繋がるかもしれない、微かな痕跡を見つけてくれたことまで、全部。




「ふうん」

 腕組みして、静かに話を聞いてた姉が言う。


「まったく、黙って悩んでないで、お姉ちゃんに相談しなさいよね」

 姉はそう言って、僕の頭を撫でて髪をくしゃくしゃにした。


「あんたは一応、私の可愛い弟なんだから」

 姉は、そんなふうに言う。

 少し照れくさい。


「それに、そういうことだったら、私、瑞樹の力になれるかもしれないよ」

 姉は、肩の上のミズキと頷き合った。


「えっ? どういうこと?」


「だって私、その、『魔法のメイド プリズムみーしゃ』のファンサイトに、普段から書き込んでるもの」


 姉はそう言って、もう一度、僕の髪をくしゃくしゃにする。

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