第24話 ネットで検索してみよう

 風邪で学校を二日休んだあと、朝、いつものように電車の乗ったら、いつものドアのところに、小巻さんはいなかった。


 車内の混み具合もいつも通りで、小巻さんの定位置であるドアの横は空いている。

 そこに人がいたから別の場所に移ったとか、そういうことでもないみたいだ。


 車内を見回したけど、小巻さんはいなかった。

 座席に座っているようなこともない。


 小巻さんがいないと、それだけで通学の電車の中がくすんで見えた。

 世界が色褪いろあせて見える。


「電話かけてみようか?」

 僕と同じように、辺りを見渡して小巻さんを探していた花圃が言った。

「うん、お願い」


 発車のベルが鳴ってドアが閉まり、電車が走り出す。


「駄目、電源が切られてるみたい」

 電話をかけてすぐに花圃が言った。


「もしかしたら、お見舞いに来てもらったときに、僕の風邪をうつしちゃったとか」

 それで今度は小巻さんが学校を休んだんだろうか。


「うーん、でも、うつるような風邪だったら、お姉さんとか、ご家族もかかってるんじゃない」

 花圃が言った。

 それは確かにそうだけど。



 小巻さんと最後に連絡を取ったのは、昨日の朝だ。

 小巻さんが、


  いってきます

  瑞樹君は、ゆっくり休んで風邪治してね。


 っていう、メッセージを、花圃に残していた。


 それ以後、今まで連絡がなかったけど、それは、僕が寝てると思って、小巻さんが連絡するのを控えているんだと思ってた。


「でもまあ、小巻さんだって何かの用事で学校を休むことはあるよ」

 花圃が言った。

 それならそれでいいんだけど、なんか、嫌な予感がする。



 とりあえず、そのまま学校には行った。

 でも、授業中も、小巻さんのことばかり考えていて、勉強が手に付かない。


 休み時間になると、花圃に頼んで、もう一度電話をかけてもらった。

 メッセージも送り続けてもらう。

 でも、小巻さんから返信はないし、スマートフォンの電源も切られたままだった。



 もやもやしながら昼休みを待って、和麻呂のところに相談に行く。


「おいおい、一回会えないだけで、大騒ぎかよ」

 僕が深刻そうな顔で相談に行ったら、和麻呂がそんなふうに言って、一笑に付した。


「落ち着けって、小巻さん、朝、遅刻しただけかもしれないだろ。お前だって、遅刻くらいするだろうが」

 和麻呂が、当たり前のことを言った。


「彼女、苦労するわね。瑞樹君って、束縛そくばくするストーカーみたいな彼氏になるんじゃないの?」

 和麻呂の肩に乗っている超子様が言った。

「私は、束縛嫌いじゃないけど」

 ボンデージファッションの超子様は、そんなふうに言って僕を茶化す。


「まあまあ、超子さん。初めての彼女で、瑞樹さんが心配するのも分かりますよ」

 和麻呂のもう一台のスマートフォン、着物の笑子さんがそう言って僕を気遣ってくれた。


「でも、遅刻して同じ電車に乗れないなら、電話とかメールで伝えてくると思うし、ずっとスマートフォンの電源が切れてるのはおかしくないか?」

 僕は反論する。

 小巻さんなら、そういうとき、絶対に連絡を入れてくる筈だ。


「彼女のスマホ、なんて言ったっけ?」

 和麻呂が訊いた。

「みーしゃだけど」


「連絡がないのは、そのみーしゃが故障したとか、ウイルスに感染したとか、電池が切れたとか、そんなことかもしれないだろ。お前だってやらかしたし」

 和麻呂が言う。

 花圃がウイルスに感染して、その時は和麻呂に世話になった。

 僕は花圃を買って早々、電池切れでもやらかしている。


「とにかく、一日、様子を見ろよ。明日とか明後日になっても連絡がつかない、朝、電車にもいないって、そうなったら考えよう。案外、今日の放課後くらいに、あっさり連絡があるかもしれないぜ」

 和麻呂は、心配するなと言った。


「うん、そうだな」

 僕はそのとき、そう言って引き下がった。

 でも、そんなんじゃない予感は僕に付きまとう。


 午後も落ち着かないまま授業を受けた。

 結局、放課後いくら待っても、小巻さんからの連絡はなかった。



 次の日の朝も、小巻さんは電車にいない。

 そして、スマートフォンも電源が切られたままだ。


 そして、その次の日も……





「それは、おかしいよね」

 園乃さんが言った。


 和麻呂の家に園乃さんも来てくれて、僕達は和麻呂の部屋で三人で話し合っている。


 和麻呂の部屋のテーブルを囲んで、三人とも、クッションの上に座っていた。

 僕のスマートフォン、花圃と、和麻呂の超子様、笑子さん、園乃さんの竜人りゅうじんも、テーブルの上で輪になって座っている。

 和麻呂のもう一台のスマートフォン、犬型の「ぐりふぉん」は、部屋の中を駆け回って本物の犬みたいに遊んでいた。


「三日間、通学の電車に乗らないで、スマホの電源も切ったまま、向こうから連絡がないんだもんな」

 腕組みした和麻呂が、そう言ってうなる。


「失礼なこと訊いちゃうけど、瑞樹君が小巻さんが嫌がることをしちゃったとか、ない? それで、彼女、急に怒っちゃったとか」

 園乃さんが訊いた。


「直接的に言うと、お前が無理矢理キスを迫ったとか、押し倒そうとした、とか?」

 和麻呂が遠慮なく言う。


「ないない。最後に会ったとき、僕は熱でうなされてたし」

 ってゆうか、たとえ健康で気力がみなぎってたって、僕は無理矢理そんなことしない。


「まあ、そうだよな」

「瑞樹君がそんなことするわけないもんね」

 和麻呂も園乃さんも、僕の性格を知ってるからか、あっさりと引き下がった。


「僕、こんなだから、そういう大きなことじゃなくて、付き合ってるあいだに、小巻さんが小さな不満を溜め込んでたって可能性は、ある」

 僕は、毎日会うのも、時々放課後のデートをするのも楽しかったけど、小巻さんの方は、そうじゃなかったのかもしれない。


「その点は大丈夫だと思うな」

 園乃さんが言った。


「どうしてですか?」


「うん、それは……」

 なんか、園乃さんが言いづらそうにしている。

「なんだよ、言ってみろ」

 和麻呂が促した。


「うん、ぶっちゃけちゃうけど、私、テーマパークで小巻さんと知り合いになってから、何度か電話したり、メールしたりしたのね。小巻さんとの会話の流れの中で、私が、瑞樹君のどこがいいの? って訊いたことがあったの。瑞樹君って、その……特別カッコイイとかじゃないでしょ?」

 園乃さんは、ごめんねって謝りながら言った。

 でも、それは自覚してるし、全然失礼じゃない。


「そしたら小巻さん、瑞樹君は誠実だし、自分を飾ったりしないし、一緒にいると落ち着くって言ってた。安心できるって」

 二人で、そんなこと話してたのか。


「だから、小巻さんが小さな不満を溜め込んでたとかは、ないと思う」

 園乃さんはそんなふうに擁護ようごしてくれる。



「園乃が小巻さんと最後に連絡とったのは、いつだ?」

 和麻呂が訊いた。


「四、五日前かな? 和麻呂が今度ダブルデートで海に行こうって言ったでしょ? だから、よかったら一緒に水着を買いに行きましょう、っていう電話が最後だと思う」

 園乃さんが言う。


「正確には、五日前ですね。20時16分から、20時34分までの18分間です」

 園乃さんのスマートフォン、黒いスーツの竜人が補足した。


「小巻さんとの遣り取りで、おかしなところとか、なかったか?」

 和麻呂が園乃さんに訊く。


「うん、特に、気がつくことはなかったけど……海に行くのも、楽しみにしてたみたいだったし」

 園乃さんが空で思い出しながら言った。


「正確には、ご主人様が、二人でビキニの水着を着て、和麻呂様と瑞樹様をびっくりさせようと提案して、小巻様は少し戸惑っていらっしゃいました」

 園乃さんのスマートフォン、竜人が補足する。

 二人で、そんなことたくらんでたのか。


「でも、それが嫌だったから消えたってことはないよ。彼女、最終的には乗り気だったし」

 園乃さんが言った。

 えっ? 小巻さん、乗り気だったって……



「私達ここにいるスマートフォンで分担してネットを調べたけど、小巻さんって、SNSやブログをやってないし、別のアカウントで書き込んだりしている形跡もないわね」

 超子様が言った。


「画像検索で彼女の写真がどこかに上がってないか探しましたけど、見つかりません」

 笑子さんが言う。

 高性能な五台のスマートフォンが検索しても見つからないんだから、ネットに小巻さんの手掛かりはないんだろう。


「手掛かりなしか」

 和麻呂がそう言って、みんなでため息を吐いた。

 それぞれのスマートフォンまで、ため息を吐くような動きをする。




「このまま連絡が付かないなら、家に行ってみるとか、するしかないけどな」

 和麻呂が言った。


「押しかけたら、痛い人って思われるかもしれないけど、今回は一方的に連絡が取れなくなってるから、しょうがないよね。彼女が何か困ったことに巻き込まれてるかもしれないし、それを確認するためにも」

 園乃さんも言う。


「それで、小巻さんの家はどこなんだ?」

 和麻呂が僕に訊いた。


「それが分からない。小巻さん、家のことを、あんまり言いたくないみたいだったから、訊いてない。うちに小巻さんが来たことはあるけど、小巻さんの家に行ったことはないんだ」

 僕は家の場所どころか、小巻さんの家の家族構成だって知らない。


「小巻さんが家族の話題になると、急に口が重くなったことがあって、それ以来、そっち方面の話題には触れないようにしてたから……」

 僕は、すっかり彼氏気取りでいたけど、小巻さんのこと、なにも知らなかった。


「そうか」

 和麻呂が言って、みんなで考え込んでしまう。


「学校は?」

「それは知ってるけど」

 僕が降りる駅から、四つ先の駅にある私立高校だ。


「それじゃあ、彼女の学校に行ってみようぜ。何か、分かるかもしれない」

 和麻呂が言った。


「私も行くよ。同級生の女の子に話を聞くときとか、私がいたほうが警戒されないでしょ?」

 園乃さんが、そう言ってくれる。


「う、うん」

 すぐにでも行って確かめたいという気持ちと、そこに行って小巻さんの本当のことが分かったら怖いという気持ちが、僕の中で交錯こうさくした。


 とにかく、今日はもう遅いから、明日の放課後、三人で小巻さんの高校に行くことになった。


 僕は二人に礼を言って、花圃を連れて家に帰る。


 夕日の中、自転車のペダルをこぎながら僕は思った。

 

 僕を嫌いになったんなら、それでもいいから、とにかく小巻さん無事でいてくれと。

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