第25話 仕様を確認してみよう
小巻さんの高校は、駅から徒歩で十五分くらいのところにあった。
街を見下ろすような小高い丘の上に、歴史ある
制服がなくて生徒が私服だし、高校というより、大学のキャンパスみたいな雰囲気だ。
授業が終わって、校舎前のグラウンドでは、野球部やサッカー部なんかの運動部が、練習をしていた。
吹奏楽部が演奏する楽器の音も聞こえてくる。
学校へ続く坂を、下校する生徒の姿も見られた。
「それじゃあ、声かけるね」
校門の前で、園乃さんが言った。
僕と和麻呂、そして園乃さんの三人で、放課後集まって、ここに来ている。
小巻さんを探して学校まで押しかけてしまった。
制服姿の僕達は、少し、目立つかもしれない。
「すみません」
下校する生徒の一人に、園乃さんが声をかけた。
ワイシャツにチェックのスカートの、一人の女子生徒だ。
「この学校に、高橋小巻さんっていると思うんですけど、今、どこにいるか分かりますか? 駅で待ち合わせしてたのに来ないから」
園乃さんは、嘘をついた。
約束なんてしてないけど、見ず知らずの僕達が怪しまれずに居場所を聞き出すには、こうするしかない。
「高橋、こまきさん? ですか?」
その女子生徒は首を傾げた。
栗色の、ショートカットの髪がはらりと揺れる。
「その子、何年生ですか?」
「二年生です」
園乃さんが答えた。
「こまきっていう子は知らないです。私も二年生だけど、そんな名前の子いないと思うけどな。こまきってどんな字ですか?」
逆に聞き返されて、僕が横から、小さいに巻くって、説明する。
「珍しい名前だから、いれば印象に残ってると思うんだけど……やっぱり、知らないです」
彼女は言った。
「これ、その子の写真です」
僕は、小巻さんの写真を見せる。
テーマパークに行ったときの写真をプリントアウトしたもので、僕はいつも財布に入れていた。
僕と小巻さんが観覧車の中で顔を近づけてる写真で、顔がはっきりと写っている。
僕が告白した直後の写真だ。
「ごめんなさい。知らないです」
彼女は、写真を見て首を振った。
それ以上引き留めるのも怪しまれそうだし、話を聞いてくれたお礼を言って、行ってもらう。
「あの、すみません」
園乃さんが、今度は二人連れで駅に向かおうとしている男女のカップルに声をかけた。
さっきと同じように、待ち合わせに来ないこの学校の生徒を探してると説明して、小巻さんの写真を見てもらう。
「知らないです」
二人とも、答えは同じだった。
「おい、この子、知ってるか?」
男子生徒のほうが、下校する他の生徒に声をかけて、写真を見せてくれる。
何人かに声をかけてくれたけど、全員、小巻さんのことは知らなかった。
「本当にうちの生徒?」
彼が僕達に訊く。
「そう、聞いてたんだけど……」
僕はそれに、はっきりと答えられない。
そのあと、園乃さんが粘って、二十人くらいに声をかけた。
でも、小巻さんの居場所どころか、みんなその存在さえ知らなかった。
小巻さんはこの学校の生徒ではない。
小巻さんは僕に、この学校の生徒であると、嘘をついていた。
そんな結論が導き出される。
でも、僕には予感があった。
駅で小学生の遠足の混雑に巻き込まれて、花圃をなくした時のことだ。
その時は、和麻呂が「端末を探す」機能で、花圃の居場所を探してくれた。
花圃は小巻さんが拾ってくれたってことだったけど、小巻さんはこの学校には向かってなかった。
まったく別のところに向かってるのが、和麻呂のノートパソコンの地図に映し出された。
僕は、そのことを二人に話す。
「なんでそんな重要なこと、話さなかったんだよ」
和麻呂が言った。
「確信が持てなかったし、病院とか、ちょっとした用事で他の場所に行ったのかもしれないって思ったんだ。それに、その時はこんな重大なことになるとは、思わなかったから」
僕は答える。
「それで、地図で小巻さんがどこに向かってたかは分かる?」
園乃さんが訊いた。
「電車で、もっと先の駅まで移動してるみたいだったけど、途中でノートパソコンを畳んで最後まで見なかったから、分かりません」
僕が言うと、「そう」と園乃さんは残念そうな顔をする。
「あっ、そうだ、でも花圃は分かるよね」
花圃はあのとき小巻さんに拾われて、返してもらう放課後まで小巻さんと一緒にいた。
その間、半日くらい、一緒にいたことになる。
だから花圃は、小巻さんがどこに行ったのか知ってる筈だ。
「花圃、あの時、小巻さんと、どこに行ったんだ?」
僕は肩に乗っている花圃に訊いた。
でも、花圃は下を向いて、困った顔をする。
「ごめん、言えない」
しばらくして、花圃が答えた。
「言えないって?」
僕は訊き返す。
「言えないの」
僕が何度訊いても、花圃は「言えない」を繰り返した。
横を向いて、僕の視線から逃げようとする仕草を見せる。
「おい、花圃ちゃんを責めるな。花圃ちゃんには守秘義務があるんだ。だから言えないんだよ」
和麻呂が言った。
「別に、花圃ちゃんはお前に意地悪してるとか、わざと隠してるとか、そういうことじゃない。プログラムでそう組まれていて、言えないんだ。言いたくても言えないんだよ。そういう
和麻呂が続ける。
和麻呂の肩に乗っている超子様も笑子さんも、
同じスマートフォンとして、事情が分かっているからだろう。
だけど、小巻さんがどこに行ったかってことは、守秘義務とかに当たる、そんなに重要なことなんだろうか。
「そういえば、まだ僕が小巻さんと話をする前、花圃が電車で小巻さんのところに行って、連絡先を聞いてきたけど、その時、お互いの情報を交換したんだよね? 安全を確認するために、僕のネットの閲覧記録まで、向こうのスマートフォン、みーしゃに開示したって言ってたけど、その代わり、向こうの、小巻さんの情報に花圃はアクセスしたんだよね」
僕は花圃に訊いた。
「うん」
花圃は頷く。
「当然、情報を交換してるから、花圃ちゃんは小巻さんについて色々知ってる。家や家族のことなんかも、きっと知ってるはずだ。でも、それも言えないんだよ」
僕が花圃を問い詰めようとしてるのを察したのか、和麻呂が助け船を出した。
「それも、守秘義務ね」
園乃さんが言う。
「ああ、そうだ。そういうふうにプログラムされてるから言えない。人間だったら、問い詰めたり、
和麻呂が言った。
「ごめんね」
花圃が言って、僕の顔を覗き込むようにした。
「ううん」
頭では分かっているつもりだけど、なんとなく納得がいかなかった。
欲しい情報は僕の肩にいる花圃の中にあるのに、それに触れることが出来ない。
情報を持っている花圃も、言いたくても言えない。
それで、小巻さんのことが分からない。
すごく、もやもやする。
とにかく、これで通っている高校という、最後の手掛かりがなくなってしまった。
小巻さんのへの道は完全に絶たれてしまった。
「でも、方法がないこともない」
和麻呂がぽつりと言う。
「花圃ちゃんが握ってる、小巻さんの情報を引き出す方法がないこともないんだ」
和麻呂が言って、目を瞑った。
「ただし、それには危険が伴う。重大な危険が……」
和麻呂が重々しく言う。
普段、真剣な話題もすぐに茶化したりする和麻呂が重々しく言うんだから、それは、相当な重さなんだろう。
「方法って?」
僕は訊いて、息を呑んだ。
「とにかく、ここだとなんだから、うちに来い、そこで話そう」
和麻呂がそう言って、僕達三人は学校を離れた。
和麻呂の部屋に移動する。
電車に乗りながら、僕の肩にいる花圃は、下を向いて、ずっとしょんぼりした顔をしていた。
この電車の中に小巻さんがいるかもしれないと、僕は辺りを見回している。
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