第19話 音楽を再生してみよう
「あっ、あんなところに、観覧車がありますね!」
花圃が言った。
花圃はそう言って、目の前にそびえ立つ観覧車の鉄の骨組みを指し示す。
でも、唐突過ぎた。
完璧なスマートフォン、花圃なのに演技が下手過ぎる。
小巻さんは笑っていた。
なんか、僕が言わせたみたいに聞こえたかもしれない。
二人で観覧車に乗りたい僕が、無理矢理、花圃に言わせたみたいに。
でも、僕が中々彼女に告白しようとする素振りを見せないから、花圃も
観覧車に乗って、二人きりの空間なら、こんな僕でも、どうにか言い出せるんじゃないかって、花圃なりに考えたのかもしれない。
スマートフォンに気を
「観覧車、乗ろうか?」
小巻さんが言ってくれた。
「う、うん」
僕は、小巻さんに目を合わせられずに、下を向いて返事をする。
僕たちが並んだ観覧車の列はカップルが多くて、手を繋いだり、顔を寄せて話をしたり、みんな楽しそうにしている。
小巻さんもみーしゃと写真を撮ってるし、列の中で緊張してるのは、僕だけかもしれない。
「分かってるでしょうね」
花圃が僕の耳元で
僕が答えないでいると、花圃は小巻さんに見えないよう、僕のほっぺたをつねってくる。
花圃は痛くないようにつねったけど、僕の心には針に刺されたみたいに、痛く伝わった。
「はい、次のカップルさん、どうぞ」
係のお姉さんに案内されて、定員四人のゴンドラに、向かい合って小巻さんと二人で座った。
「彼女さん、足元気を付けてくださいね」
お姉さんが言って、「はい」と小巻さんが自然に受ける。
小巻さんは僕の彼女じゃないけど。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
お姉さんが、笑顔で送り出してくれる。
ゴンドラの中は思ったより狭くて、向かい合って座ると、膝と膝がくっつきそうだった。
逃げ場がないし、小巻さんと正面から向き合わなければならないから、緊張する。
もちろん、それは苦じゃなくて、すごく嬉しいんだけど。
僕たちを乗せたゴンドラは、ゆっくりと
「一周、15分ですって」
花圃が言う。
花圃はさりげなく言った中に、「一周、15分しかないのよ。その間に絶対に告白しなさい!」って、暗に僕の尻を叩いたんだと思う。
木々の高さを超えると、ゴンドラの窓から、テーマパークの全景が見えるようになってきた。
森の中に奇妙な形の建物がたくさん建っていて、ジオラマの世界を見てるみたいだ。
「ちょっと暑いね」
小巻さんがそう言って、カーディガンを脱いだ。
確かに、ゴンドラの中は冷房がなくて少し蒸し暑い。
カーディガンを脱いだ小巻さんの花柄のワンピースに、西日が当たって、小巻さんはふんわりと優しい光に包まれていた。
小巻さん自身が光を放っているんじゃないかって思うくらい、キラキラ輝いて見える。
僕はこんなにキラキラ輝いてる人に告白するのかと、余計に緊張が増した。
「瑞樹君は、高いところ、平気?」
小巻さんが訊く。
「え、うん」
そう答えてから、僕は高いところあんまり得意じゃないことを思い出した。
むしろ、苦手な部類だ。
でも、告白のことばかり考えていて、すっかり忘れていた。
そんなの全然気にならなくなっている。
「私はちょっと苦手かな」
小巻さんが言った。
そうなのか。
それなのに、小巻さんは観覧車に乗ってくれたんだ。
確かに、小巻は座席の真ん中に座って、なるべく下を見ないようにしている。
遠くの風景だけを見ていた。
「揺らしたりしないでよ」
小巻さんが、悪戯っぽい笑顔で言う。
あれ、これって、揺らした方がいいってことなんだろうか?
それとも、言葉通り、揺らさないでおいた方がいいのか?
僕は、考え込んでしまう。
僕がゴンドラを揺らして、小巻さんが「きゃっ」って可愛く言って、僕の手を握ってくるとか、腕に捕まってくるとか。
僕の中で妄想はいくらでも膨らんだ。
でも、今の僕にそういうのは、ハードルが高すぎる。
小巻さんが腕に捕まって来たりしたら、そのまま爆発しそうだし。
僕がそんなことを悩んでいる間に、僕たちのゴンドラは、頂上付近まで来てしまった。
観覧車の頂上って、告白ポイントとしては、第一候補だ。
「ん、んん」
スマートフォンだから喉がおかしくなるわけないのに、花圃が咳払いした。
花圃はその強い眼力で、僕に「告白しなさい!」と迫る。
でも、僕は言い出せなかった。
声が、喉の辺りまで来て、そこで、引っ込んでしまう。
「なんか、音楽とか、流しましょうか?」
花圃がそう言って、自分の中に入っている曲を流した。
花圃が選曲したのは、バラードだった。
それも、甘々で、聴いているだけで恥ずかしくなりそうなやつ。
「愛してる」とか、「君だけ」とか、そんなストレートな歌詞が、次々に繰り出された。
「お、音楽は、もういいかな」
僕が花圃に言う。
小巻さんも下を向いてしまう。
そうこうしているうちに、ゴンドラは、四分の三、回った。
このゴンドラに乗っていられるのは、あと、四分間もない。
気まずい雰囲気のまま、ゴンドラが容赦なく下っていった。
花圃も、それ以上、何も言わない。
腕組みして黙っているから、もう、このゴンドラの中での告白は無理だと諦めて、次の場所を検索しているのかもしれない。
「あの、小巻さん」
「僕は、電車の中であなたに一目惚れして、ずっと見てました」
僕はもう、正面から言ってしまう。
「それから今みたいに、朝、電車で一緒に学校へ行くようになって、話せるようになって、幸せだし、このまま、ずっと、こうして登校できたらって思います。だから、僕が変なこと言って、この関係が崩れちゃったら、すごく残念だけど、でも、やっぱり言います」
そこで僕は一呼吸おいた。
小巻さんは僕の目を正面から受け止めて、真剣に見てくれている。
「もしよかったら、僕と付き合ってくれませんか?」
僕は言った。
言ってしまった。
「うん」
小巻さんが頷く。
あっさりと。
「えっ?」
「私でよければ」
小巻さんの控えめな唇が、そう言った。
「本当に?」
僕は、聞き返してしまう。
「うん。でも、瑞樹君、敬語禁止って、言ったでしょ?」
小巻さんがそう言って破顔した。
ちょとだけ、小巻さんの目が
「ごめん。それから、ありがとう」
「わあっ!」
僕たちの隣で、静かに控えていたスマートフォン、花圃とみーしゃが声を出した。
花圃がみーしゃのところに跳んでいって、二台が、手を取り合って喜ぶ。
座席の上で二台が、クルクル回る。
手を繋いでダンスを踊り始めた。
「これから、よろしくね」
小巻さんが言う。
「うん、よろしくお願いしま……これからよろしく」
危うく、また、敬語を使うところだった。
「はい、それじゃあ、記念撮影しますよ」
花圃が言う。
僕は小巻さんの隣に移動して座った。
二人で片側に座ったから、ゴンドラが少し揺れる。
小巻さんが「きゃっ」と声を出して、その声が可愛い。
「はい、二人、顔を近づけて」
小巻さんのみーしゃが言った。
僕たちが遠慮がちに顔を近づけると、
「もっと、もっと近づけてください」
みーしゃが
僕たちは、お互いの髪と髪がくっつくくらい、顔を近づけた。
反対側の座席から、花圃とみーしゃが写真を撮る。
何枚も何枚も撮った。
これは僕が今まで撮った写真の中で、一番幸せな写真だと思う。
家に帰ったら、花圃にプリントしてもらって、机の上に飾る。
絶対に飾る。
そんなふうにして、この15分の幸せな時間は終わった。
観覧車から降りると、入り口のすぐ側で和麻呂と園乃さんが待っていた。
花圃から連絡が行ったみたいだ。
観覧車から降りた僕と小巻さんが手を繋いでいるのを見て、和麻呂が親指を掲げる。
園乃さんも拍手をした。
和麻呂の肩の上の超子様は、腕組みでうんうんって頷いている。
みんな、僕の告白が成功したのを祝ってくれた。
僕はもう、このまま空を飛べるんじゃないかってくらい、浮かれていた。
このテーマパークにいる人、全員に、ありがとうって、言って回りたかった。
横を見ると、小巻さんがいる。
花柄のワンピースの小巻さんがいる。
そして僕たちは手を繋いでいた。
そう、僕に初めて、彼女が出来たのだ。
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