第4話 故障かな、と思ったら
「姉ちゃん!
動かなくなった僕のスマートフォン、花圃を、両手で優しく持って、隣の姉の部屋に飛び込んだ。
「なによもう!」
姉は、ベッドに寝転がって、タブレットでネットを見ていた。
自分はまとめサイトとか見ながら、スマートフォンにふくらはぎをマッサージさせている。
上はキャミソールで、下はショートパンツっていう、隙がありすぎる格好の姉。
ここは姉の部屋なんだから、隙がありすぎる服も、当たり前なんだけど。
「花圃って誰さ、私の部屋でいきなり他の女の名前なんか呼んで」
姉が、タブレットから目を離さないで言う。
「これだよ! 僕のスマートフォン。さっきまで元気に動いてたのに、突然、動かなくなっちゃったんだ」
ベッドの姉に、手の中の花圃を見せた。
「ふーん」
姉は無関心に言った。
「故障じゃないの? どっか、怪しいショップから買ったんでしょう?」
「ちゃんと、大手の量販店のネットショップで買ったよ」
「落っことしたとか、踏んづけたとか?」
「まさか、絶対にそんなことしてない!」
貯めたお小遣いで買った物だし、陶器の人形みたいに丁寧に扱っていた。
「ちょっとミズキ、見てやって」
姉が、マッサージさせている自分のスマートフォンに言う。
ミズキって、僕と同じ音の名前を付けてるから、呼ぶたびに一瞬ドキッとする。
「分かりました。お姉様」
姉のふくらはぎをマッサージしていたミズキは、そう言って僕の手の中にある花圃を見てくれた(それにしても姉はスマートフォンに自分のこと、「お姉様」って呼ばせてるのか)。
ミズキは
ウェーブがかかった栗色の髪を後ろに流していて、姉に、白いシャツと、カフェ店員がしているスカートみたいなエプロンを着せられていた。
僕が花圃を姉の机の上に置くと、ミズキは花圃に手をかざす。
手の先にあるセンサーを使ったり、通信しようと試みているみたいだ。
「どうかな? やっぱり故障かな? 僕、なんか、変な使い方しちゃったのかな?」
僕が訊くと、
「バッテリー切れですね」
ミズキが、あっさりと言った。
「はっ?」
「はっ?」
僕と姉が、同時に裏返った声を出す。
「開封してから、充電しましたか?」
ミズキが僕に訊いた。
「ううん、箱開けて、そのままずっと使ってた」
僕は答える。
「なるほど。工場出荷時に充電されていたバッテリーが切れたんでしょう」
ミズキはそう言って僕に微笑んでくれた。
バッテリー切れって、家電が動かなくなったときにチェックする、初歩の初歩じゃないか。
「普通、バッテリー残量が少ないとき、我々スマートフォンは警告を発するか、自分で充電器に乗るものですが、
ミズキが分析する。
「は~あ」
姉が、僕に聞こえるように溜息を吐いた。
「充電して、動くかどうか確かめてください。おそらく、それで大丈夫だと思いますが」
ミズキはそう言うと、机からジャンプして姉が寝ているベッドに戻った。
姉のキャミソールの肩紐が落ちていたから、ミズキはそれを直して、ふくらはぎのマッサージに戻る。
ものすごく訓練されていた。
調教と言ってもいいくらいだ。
「姉ちゃん、ミズキ、ありがとう!」
僕は花圃を抱えて、姉の部屋を出た。
急いで自分の部屋に戻ると、化粧箱の中に入っていたワイヤレス充電器を取り出して、プラグをコンセントに差し込んだ。
薄い円盤型の充電器本体を机の上に置いて、花圃をその上に仰向けで寝かせる。
力が入っていないからか、今の花圃は、関節がだらっとしていた。
ミニスカートがまくれたから、僕はそれを直す。
花圃を寝かせると、黒い充電器本体の周囲が、LEDで青色に光った。
これが充電しているサインなんだろう。
その状態で、二分くらい待った。
すると、「ポーン」と、以前聞いた起動音がして、花圃がむっくりと上半身を起こす。
「か、花圃ちゃん」
僕は、恐る恐る呼びかけた。
「大丈夫? 僕のこと、分かる?」
「ええ、大丈夫よ。あんたの冴えない顔も、覚えているわ」
スマートフォンは言った。
このツンデレ設定、確かに花圃だ。
充電が切れる前の設定も、ちゃんと消えずに残っている。
手をカーディガンの袖に隠しているところも。
「故障したわけじゃないよね」
僕は訊いた。
「ええ、只のバッテリー切れよ。工場出荷時に50%充電されていて、それを使い切ったのね。本来なら、充電が切れる前に警告するんだけど、基本ソフトの不具合でそれが出来なかったみたいなの。この症状は今までに二十五件報告されてるわ。すぐにパッチが当てられると思う」
充電器の上に女の子座りしている花圃が言った。
「良かったぁ」
僕は机の横のベッドに座って、一息ついた。
「心配してくれたことには、お礼を言うわね。ありがとう」
花圃はぷいっと横を向きながら言う。
「急速充電で、満充電まで、あと8分と24秒よ。少しの間、待ちなさい」
10分弱で充電出来てしまうのか。
心配してたし、それくらいなら、余裕で待てる。
「それから、教えておいてあげると、この充電器には128ギガバイトのSDカードが入ってるわ。この充電器で充電するたびに同時にバックアップも取るから、万が一、私に何かあったときには、前回の充電時までの状態にはすぐに戻すことができるわ」
花圃が言った。
万が一みたいなことがあったら困るけど、それは心強い。
「あっ!」
落ち着いて安心したら、僕は重要なことを思い出した。
僕が毎週楽しみにしている、重要なこと。
「花圃ちゃん、今何時?」
僕は訊く。
「時計機能とか、随分と基本的な機能を使うのね。ただ普通に日本の標準時を教えるだけだと私の能力の持ち腐れだから、フィンランドの首都、ヘルシンキの現在時刻を教えてあげましょうか?」
花圃が言った。
「いえ、日本の標準時でいいです」
なぜフィンランド?
なぜヘルシンキ?
僕は、スマホの性格設定、間違えただろうか。
「それなら、午後11時27分32秒よ」
花圃が言った。
「まずい」
「どうしたの?」
「午前0時からのBSの深夜アニメ、いつもリビングのレコーダーで録画してるんだけど、今日、ずっと花圃ちゃんに掛かりっきりだったから、予約してない」
「なに、私のせいにするわけ?」
「ごめん、そうじゃないけど……」
なぜか自分のスマートフォンに謝ってしまった。
「録画したいなら、すればいいじゃない」
花圃が肩を
「今、リビングには親がいると思うし……」
週末だから、両親は多分まだ起きてリビングにいる。
いつもは父や母が風呂に入ったりして、いないときに、隙を見て録画予約するんだけど。
「ははぁん、思春期の面倒臭いプライドってやつね」
花圃が、意地悪い顔をする。
「萌えアニメを予約するところを、親に見られたくないと」
花圃は口を押さえて、笑っている口元を隠した。
やっぱり、性格の設定変えようか。
標準の「礼儀正しい従順タイプ」に戻そうか、僕がそう考えたときだ。
「いいわ、私が予約してきてあげる」
花圃が言った。
「えっ?」
「私が予約してあげるわよ」
花圃がそう言ったとき、ちょうど急速充電が終わって、青いLEDが消えた。
「予約、出来るの?」
「私はスマートフォンよ。規格さえ合っていれば、家中の家電を遠隔制御できるわ。簡単よ」
花圃が充電器から立ち上がる。
「ホントに? ありがとう、お願いする」
僕は充電が終わった花圃の小さな手を取って、握手した。
「でも、勘違いしないでよね! 別にあなたのためにやってあげるんじゃないんだから!」
花圃が言う。
ああ、ツンデレが心にしみる。
やっぱり、スマートフォン買って良かった。
ツンデレに設定して、良かった。
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