第10話 プロジェクター機能を使おう

 電車の中の彼女が、外を見ている。

 外を見る彼女の横顔の、すっとした曲線の完璧なライン。

 高い鼻に、控えめな唇。

 電車が駅に止まってドアが開くたびに、外から風が吹いて、彼女の前髪が揺れた。

 そうして、彼女の可愛いおでこが覗く。


 彼女の唇が少し動いているのは、なにか独り言を言ってるんだろうか。

 鼻歌でもうたってるんだろうか。

 僕はその口を読もうとするけど、なんて言ってるかは、分からなかった。


 朝の晴れやかな通学の風景だけど、やっぱり、彼女はどこか寂しげだ。

 なにかを諦めているような、目の前の世界を達観たっかんしているような、そんな雰囲気がある。


 もちろん、彼女とは一言も話したことがないし、それどころか僕は彼女の名前すら知らない。

 本当のところ、彼女がなにを考えているかなんて、僕にはまるで分からない。


 でも、一つだけ確かなのは、そんな彼女に僕が一目惚れしたことだ。



「もう一回、再生して」

 僕が頼むと、

「また映すの? これでもう、14回目よ。よく飽きないわね」

 花圃はブツブツ言いながら、それでも、もう一度最初から映像を繰り返した。


 僕の部屋の真っ白な天井をスクリーンにして、花圃が隠し撮りした電車の中の彼女が投影される。


 僕はベッドに寝っ転がって、天井に映る彼女の動画を見ていた。

 映像が見やすいように、部屋の明かりは暗くしてある。

 夕飯を食べて、風呂に入ってから、僕はずっとこんな感じだ。



 花圃が天井に映像を映すのに使っているのは、「プロジェクション・アタッチメント」といって、スマートフォンにプロジェクター機能を追加するオプションだ。


 そのアタッチメントは、バズーカ砲みたいな長細い筒のレンズ部分と、電池が入ったリュックサックみたいな部分に分かれている。


スマートフォンは、電池が入ったリュックサックを背負って、レンズ部分の筒を肩に担いで、映像を映したいスクリーンや壁にレンズ部分を向けることで、プロジェクターの代わりになる。


 映像は、スマートフォンがカメラで撮った写真とか、動画とか、クラウドに保存してあるものとか、You Tubeやニコニコ動画なんかの動画サイトの映像とか、なんでも映せた。


 壁やスクリーンだけじゃなく、白い紙やノートにも映せるから、ディスプレイみたいに使えばノートパソコンいらずで、ネットをチェックしたり、写真の整理をしたり、配信の映画を見たりもできる。


 この「プロジェクション・アタッチメント」も和麻呂から勧めてもらったオプションで、便利だからここのところずっと使っていた。


 リュックサックを背負って、バズーカーみたいな筒を持っているから、花圃がそれを装着した姿は、まるで重装備の兵士みたいだ。



 スマートフォンには、こんなふうに色々なアタッチメントがあって、それを装着すれば、出来ることの幅が広がるらしい。


 中には「ドローン・アタッチメント」なんていうのもあって、それを使うと、スマートフォンが空を飛べるようにもなるんだとか。


 確かに、街中で、ブンブンと音を発して空を飛ぶ、妖精みたいなスマートフォンを、時々見掛けることがある。

 それでセルフィーを撮ったり、空撮したりしていた。

 ドローン・アタッチメントは高いから、僕のお小遣いだと、当分買えそうにないけど。



「あ~あ、今日も誰一人、女の子から電話もメールもなかったわね」

 映像を映しながら、花圃が僕の耳元で言った。


「女の子から通話とかメールが来たら、私がこの美しい声色こわいろで読んであげるのに、これじゃあ、宝の持ち腐れだわ」

 花圃はそう言って、溜息を吐く(もちろん、そういう仕草をしているだけで、口から息は出ていない)。


「なんか、ゴメン」

 僕はまた、自分のスマホに対して謝ってしまった。

 でも、これに関して、僕は謝るしかない。

 LINEとか、メールとか、電話番号とか、女子に教えたことがないんだし、だから当然、連絡が来ることはないのだ。


 当分彼女とか出来そうにないし、宝の持ち腐れ状態は、まだまだ続きそうだ。



「ねえねえ、この子に告白しちゃいなさいよ」

 突然、花圃が天井を指して言った。

 花圃はそう言って、勝手に映像を一時停止する。


 動画は、彼女が一瞬こっちを見た部分で止まっていた。


 ベッドの上の僕と、天井の彼女が、見つめ合っているような形になる。

 映像と分かっていても、照れ臭くて、僕は視線を逸らしてしまった。


「こうやってストーカーみたいに、ウジウジ映像を見てるだけじゃなくて、一歩踏み出して、告白してみれば?」

 花圃が無責任に言う。


「無理無理! 絶対、無理!」


 部屋の中で大声を出したから、隣の部屋の姉に、また壁ドン食らうかと思ったら、スルーされた。

 静かだから、今日、姉はどこかに出掛けてるのかもしれない。

 女子大生だし、彼氏とかと会ってるんだろうか。


 和麻呂といい、僕の周囲の人間は、みんな彼女、彼氏持ちだ。



「絶対ってなによ。世の中に絶対なんてないんだから。十億分の一くらいの確率で、彼女の好みがあんたみたいな男子ってことも、あるかもしれないじゃない」

 花圃が言う。


 僕が彼女の好みの男子って確率は、十億分の一しかないのか。

 十億って、日本の人口より、相当多いじゃないか!

 ゼロって言ってるに等しい。


「この子、可愛い上に、性格も良さそうだし、告白しちゃいなって」

 花圃はプロジェクターを操作して、顔の部分をアップにした。

 彼女の顔が、僕の部屋の天井に大写しになる。


「性格が良さそうとか、そんなことも分かるの?」

 僕は訊いた。

 スマートフォンの花圃に、そんな曖昧あいまいな判断ができるんだろうか。


「私のAIは優秀だからね。彼女の細かい仕草とか、表情とか、ニュアンスからも判断してるんだよ。最新型スマホの私が判断してるんだから、間違いないわ。信じていい」

 確かに、花圃は科学技術のすいを集めて作られてるわけだけど。


「だから、告白しちゃいなよ。少なくとも、彼女はあんたが告白したことに対して、笑ったり、馬鹿にしたりはしない子だよ」

 だといいけど……


 って、僕はいつのまにか、花圃に言いくるめられそうになっている。


「告白して、ふられたら、次の日からどうやって学校まで通えばいいのか分からないし。あの電車は、高校卒業するまで、毎日乗るんだから」

 時間的にあの電車がぴったりなのだ。

 一本遅いと、遅刻ギリギリだし、一本前だと、朝、早起きしないといけない。

 都会みたいに、五分おきに電車が来るような所じゃないし。


「意気地なし!」

 花圃がそう言って僕をにらんだ。

 花圃がレンズ部分を肩から降ろしたから、映像がベッドのシーツに映った(シーツの上に小さく映る彼女も、可愛い)。


「よし、分かったわ。こうなったら、私が一肌脱ぐわよ。主人のためにこんなに健気けなげなスマートフォンに、感謝なさい!」

 花圃がプロジェクターを止めて、カーディガンを腕まくりしながら言った。


「一肌脱ぐって、なにするの?」

 スマートフォンって、持ち主に言われて受動的に働くだけじゃなくて、自分から動くんだろうか。


「まあ、見てなさい。最新機種の底力を、見せてやるから!」

 花圃が自信ありげに言うのが、なんだか恐い。

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