第5話 いろんな機器と接続しよう

 リビングから出て来た僕のスマートフォン、花圃かほを、ダイニングから続くキッチンで回収した。


 キッチンからは、リビングのソファーでくつろいでいる父と母の姿が見える。

 テレビをつけっぱなしにしてあるリビングで、父はタブレット端末を見ていて、母はノートパソコンを開いていた。


 僕は冷蔵庫に飲み物を取りに二階から下りてきたふうを装って、花圃を肩に乗せ、何食わぬ顔で自分の部屋に戻る。



「で、どうだった?」

 僕が訊くと、花圃は肩から僕の腕を伝って、机にぴょんと飛び降りた。


「録画してきてあげたわ、午前0時から始まる『女体化魔法少女めーぷるシュガー』。まったく、無駄に電池を使っちゃったわよ」

 腕組みして頬を膨らませながら、花圃が言う。


 時刻は、午後11時54分。

 午前0時からの放送に、なんとか間に合った。


「でも、父と母に見つからないで、どうやってレコーダーの予約が出来たの?」

 僕が訊く。

「そんなの簡単よ。あんたの両親の前で、息子さんが萌えアニメ『女体化魔法少女めーぷるシュガー』を見たいらしいから、予約させてもらうわよ、って言って、堂々と予約してきてやったわ」

 花圃が勝ち誇った顔で言った。


「マジか……」

 終わった。


 きっと明日には母から姉に話が伝わって、姉にいじられる。

 それをネタに、今後一週間くらい、僕はあの意地悪な姉にからかわれるのだ。


「嘘よ」

 花圃はそう言うと、べーって舌を出した(花圃の小さな口の中には、ちゃんと舌も造形されている)。


「まず、キッチンからダイニングを抜けてこっそりリビングに忍び込んだの。リビングのエアコンと通信して、エアコンについてる人感センサーで、あんたの両親が座ってる位置を上から見張ってたから、見つかる心配はなかったわ。そして、赤外線が届く距離まで行って、テレビ台の中のHDDレコーダーを操作した。安心して、レコーダー前面の表示部分も、電源表示のLEDも消灯して操作したから、あんたの両親は、レコーダーの電源が入っていることも分からなかったと思うわ」

 花圃がドヤ顔で言う。


「あ、ありがとう……」

 さすが、僕のスマートフォン、隙がない行動だ。

 お小遣いを吐き出して買っただけのことはある。

 ツンデレに設定したから、口は悪いけど、仕事は完璧だった。



「それから、一階に下りたとき、この家の機器を色々見てきたけど、玄関の防犯カメラとか、インターフォンのカメラも私が操ることができるわ、規格が同じだからね」

 花圃が言う。

「もし、あんたが親がいない間に隠れて何かいけないことをする場合も、不意に親が帰って来ないか、私が見張ってあげるわ」

 花圃が言って、訳知り顔で僕を見た。


 親に隠れていけないことって……


 でも、まあ、そのときは利用させてもらおう。

 防犯カメラと連動してれば、夜の防犯とかにも役立つし。



「私は他にも、色んな機器と接続できるわよ。ほら、そこにあるプリンターと接続して、私のカメラで撮った写真をプリントしたり、クラウドのカメラロールの中の写真をプリントしたりもできるし」

 花圃が、机の横の棚に置いてあるプリンターを指した。


「ちょっと試してみましょうか」

 そう言うと、花圃は机の上を歩いていって、プリンターの前に立つ。

 僕がプリンターの主電源を入れると、花圃はプリンターに、その小さな手をかざした。

 手の先にある送受信機で通信してるみたいで、プリンター側のLEDがチカチカと光る。

 やがて印刷が始まって、プリンターのヘッドが動き出し、中に入っていた写真用紙に画像が印刷されていった。


「何を印刷してるの?」

 僕は訊く。

 どんな画像を印刷するか、指示は出してないし。


「まあまあ、見てなさいって」

 花圃が意味ありげに言った。


 一分くらい待って、プリンターが写真用紙を吐き出す。

 普通のLサイズの写真だ。


「ほら、とっておきの写真を印刷してあげたわよ」

 花圃がそう言って、プリンターから出てきた写真を掲げる。


「これはダメだって!」

 見た瞬間、僕は花圃から写真を奪い取ってしまった。



 花圃が印刷したのは、電車の中でドアの脇に寄りかかって外を見ている、女の子の写真だ。


 ネイビーのPコートを着た、僕と同年代の女の子。


 太陽に当たったところが栗色に見える、長い黒髪。

 横顔のシャープなラインに、つんと高い鼻。

 薄い、控えめな唇。

 その大きな目は、電車の窓から外を見ているけれど、どこか物憂げというか、何かを諦めたように曇っている。


「そう、あなたが前の携帯電話に大切に残していた写真よ」

 花圃が言った。

 僕が携帯電話のカメラで撮った写真だから、間違いない。


「写真、いらないの?」

「いるけど」

 携帯電話で、どうにか撮った一枚だし。

 シャッター音がするスピーカーを塞いで、電車のアナウンスに紛れて、隠れて撮った。


「それで、これは誰なの?」

 花圃が訊く。

「誰だっていいだろ!」

 スマートフォン相手に、つい、大きな声を出してしまった。


 隣の部屋の姉から、また、壁ドンを喰らう。


「それじゃあ、私の推理を言うわね」

 花圃はそう言うと、机の上の、PCのマウスに腰掛けた。

 そして、足を組んで顎に手をやって、いかにも名探偵、って感じのポーズをとる。


「これは電車の中みたいだから、想像するにあんたが通学の電車で見掛けて一目惚れした女の子ね。奥手のあんたは、彼女に声をかけたことがないし、名前も知らない。彼女は毎日同じ車両の同じ場所に乗っていて、あんたも彼女目当てに同じ車両の同じ場所に乗る。でも、声をかける勇気はない。だからあんたは、だた一枚、隠れて撮ったこの写真を、大切に保存している。未練たらしく消すこともできない。そんなところかな」

 花圃は自分の推理を披露して、「当たってるでしょ」とでも言いたげに、僕の目を覗き込んだ。


 悔しいけど、ほぼ全てが当たっている。


 写真の彼女は、通学の電車の中で毎日見掛ける僕と同年代の女子だ。

 制服を着ていないからどこの高校か分からないけど、時々教科書とか、参考書とかを見てることがあるから、制服がない高校の生徒なのかもしれない。

 でも、花圃が言う通り、話し掛けたことがないから、正確なところは分からない。



 そして確かに、僕は、その彼女に一目惚れをした。



「図星のようね」

 花圃が、勝ち誇った顔で言う。


「僕が奥手とか、なんでそんなことまで分かるんだよ!」

 スマートフォンの花圃は、今日、僕の家に配達されたんだし、まだ半日くらいの付き合いしかない。

 そんな踏み込んだ会話はしてないのに、なんで分かるんだ。


「だって、あんた、携帯電話に登録してある女性の電話番号とアドレス、お母さんとお姉さんしかないし。彼女いない歴=年齢でしょ?」

 花圃が言う。


 ぐうのも出なかった。


「カメラロールにある写真見ても、女の子と写ってる写真は集合写真とか、グループで撮った写真しかないし」

 花圃が続ける。


「ネット通販の履歴に、『女の子との会話に役立つ雑学集』とかいう、DT臭がする本を買った記録が残ってるしね」

 花圃が言って、肩を竦めた。


 これ以上言うのは止めてください死んでしまいます。


 ああそうだよ。

 僕は、彼女いない歴=年齢だよ!


 僕が言い返せないでへこんでる様子を見たら、

「あ、あんたみたいな男子を放っておくなんて、周りの女子も、見る目ないわね!」

 ここまでツンで攻めてきた花圃が、突然、デレの部分を出してきた。

 花圃は、言いながら顔を赤くしている。

 プログラムがそんなふうに言わせてるのは解ってるけど、なんか、救われた感じがした。


「まあ、これからは私がついてるよ。あんたに彼女が出来て、輝かしい青春時代を送れるように協力してあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい」

 花圃が胸を叩いて自信満々に言う。


「あ、ありがとう」

 そのとき僕は、涙目になっていたかもしれない。


「ほら、疲れたでしょ? 遠慮なく、充電して」

 僕は花圃に充電器を勧めた。


「ええ、遠慮なく、電気いただくわ」

 花圃がそう言って、充電器に座る。



 なんか、半日もしないうちに、僕はスマートフォンの尻に敷かれてしまっている気が、しないでもないけど。

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